2020年度日本法社会学会学術大会概要
すでに1週間が経過しましたが、2020年5月23日(土)・24日(日)の2日間、オンラインで日本法社会学会学術大会が開催されました。本来なら今年度学術大会は愛媛大学で開催されていたはずですが、COVID 19感染対策のために、学会史上はじめてオンラインで大会が行われることになりました。今回の大会は、オンライン(Zoom)で行うことから、大幅に内容を整理して行うこととなり、学術大会企画委員会の企画ミニシンポジウム①②と、全体シンポジウムのみこの日程で実施し、そのほかのミニシンポジウムや個別報告は別の日程で実施することとなりました。以下は私の備忘録を兼ねた概要の整理です。
大会は23日13時に開始されました。最初に理事長挨拶があり、そのあと短い休み時間をはさんで企画関連ミニシンポジウム①「AI とのコラボレイションに向けて」(司会飯田高・東京大学)が開始されました。太田勝造先生(明治大学)が以前からずっと温めてこられた「文系と理系の垣根をなくす」新しい試みとしての大会企画の一環です。このセッションでは、最初に太田先生が「企画趣旨」を紹介され、これに続いて、笠原毅彦(桐蔭横浜大学)「AI と司法政策」、平田勇人(朝日大学)「AIによる紛争解決支援」、佐藤 健(国立情報学研究所)「裁判過程における人工知能による高次推論支援の構想」、中山幸二(明治大学)「自動運転におけるAIと責任の帰属」の4報告が行われ、それぞれについてディスカッサントの松村将生(弁護士)がコメントをするという形で議論が進められました。笠原報告は各国司法制度におけるAIとICTの活用の最先端を紹介、平田報告は、ICTを活用した紛争解決支援をシンガポールを中心に紹介、佐藤報告は、ベイジアンネットワークを用いた要件事実推論システムについての紹介、中山報告は、レベル3に達した自動運転での法的責任帰属の問題についての報告でした。質疑応答はZoomのチャット機能で行われるなど異例づくめ。多数の質問が出され、対面のセッション以上に議論が盛り上がりました。23日の企画ミニシンポジウムはこれだけです。ミニシンポジウム②と全体シンポジウムは25日に行われました。
25日の9時から、企画関連ミニシンポジウム②「新しい統計学(Bayes Modeling)とのコラボレイションに向けて」(司会 渡辺千原・立命館大学)が行われました。ここでは、最初に太田先生の「企画趣旨」、これに続いて、岡田謙介(東京大学)「心理理学におけるベイズ統計モデリング 再現性問題と認知モデル」、浜田宏(東北大学)「社会学におけるベイズ統計モデリング 理論の数学的表現とデータの対応」、本村陽一(産業技術総合研究所)「確率モデリング技術とAI応用システムの社会実装~ビッグデータを活用した社会のサイバーフィジカルシステムSociety 5.0に向けて~」、これにディスカッサントの森大輔(熊本大学)がコメントするという形で議論が進められました。岡田報告は、心理学でのベイズ統計モデルの受容状況を紹介したうえで、自身の研究でのベイズ統計モデルの具体的な活用例を紹介する報告、浜田報告もまた、社会学におけるベイズ統計モデルの活用例を自身の研究を例として紹介するものでした。いずれも、P値を用いた従来の統計モデルの欠陥を指摘するとともに、多数の要素間の相関を細かく分析することができるベイズ統計モデルの優位性について力説するものでした。本村報告は、実社会ビッグデータから構造化モデルを構築する手法として、確率的潜在意味解析とベイジアンネットワークを連携させた確率モデリング技術を紹介するもので、AIの社会実装の最先端とこれからの可能性を示す内容の報告でした。森コメントはそれぞれの報告の理論的可能性について丁寧な解説をするもので、オーディエンスの理解を深めるのに役立つコメントでした。
13時半から全体シンポジウム「脳科学・認知科学とのコラボレイションに向けて」(司会木下麻奈子)が行われました。このセッションでも、最初に太田先生の「企画趣旨」があり、これに続いて松田いづみ(青山学院大学)「犯罪捜査と脳科学の接点としてのポリグラフ検査」、小川一仁(関西大学)「認知能力,経済的意思決定,政策介入 経済実験の成果から」、浅水屋剛(東京大学)「法的問題の神経科学 適切な問題設定の探求」、加藤淳子(東京大学)「社会的行動の脳神経科学基盤の解明の可能性と限界」で、これにディスカッサントの鈴木仁志(弁護士)と藤田政博(関西大学)がコメントをするという形で議論が進められました。松田報告は、脳科学を用いたポリグラフの劇的な技術革新についての紹介、小川報告は、認知能力の違いが経済的意思決定に有意な影響を与えるという実験室実験の結果を紹介したうえで、認知科学研究が政策介入の在り方についてどのような貢献をなしうるかを明らかにする報告、浅水屋報告は、自身が取り組んでいる、fMRI実験・画像解析を用いる、「法的課題」に答える際の法専門家と素人の脳の活動部位の比較研究を手掛かりとした、脳科学研究の問題定位、加藤報告は脳科学を用いた囚人のジレンマ研究における最先端の議論を紹介するとともに、社会科学における脳科学の可能性と限界について紹介するものでした。チャットによる質疑応答は大変な数に上り、ここでは紹介できません。いずれの報告についても様々な問題が提起されるなど、活発な議論が行われました。
今回の学術大会は異例づくめの大会でしたが、「距離のバリア」をなくしたオンラインセッションの活用可能性を切り開くなど、これからの大きな変化につながる大会となりました。議論の内容も、これからの社会の在り方、そして法社会学と諸科学とのコラボレーションの可能性を切り開くものでした。今回の学術大会が来年度以降の大会の盛会につながっていくことを願ってやみません。
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