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2020.02.20

インドでの学生向けセミナーについて

2020年213日(木)から20日(木)までの8日間、インド・グジャラート州ガンディーナガルにあるグジャラート国立法科大学(GNLU)に滞在しています。この滞在の後半の目的は学生向けセミナーを実施することです。海外でのセミナー等の記録はできるだけきちんと残すようにしています。研究教育活動実績としてカウントされるからです。今回の滞在では、217日(月)から19()にかけて3つのセミナーを行いました。

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日月曜日には、GNLU1年次と2年次の学生を対象に、“Transplantation of Western/Modern Law in Japan”と題して、日本の「西洋近代法継受」についての話をしました。この話は、以前から私がGNLUで行ってきた講義 “Introduction to Japanese Law”の初回授業の内容を組みなおしたもので、日本法になじみのない学生でも聞けばわかるように工夫しています。明治日本がいかなる時代背景のもとに、どのような思想に基づいて西洋近代法を受け入れ、法典化を進めたのか、第二次世界大戦での敗戦を経て、日本で継受された近代法はどのように変わったのかについて概説しました。下手な英語でのレクチャーにも拘らず、受講生は熱心に私の話を聞き、質疑応答でも多くの質問が出ました。西洋近代法を法典化してもそれが定着するには時間がかかったのではないか、今でも日本には古い時代の考え方が残っているのではないか、アジアの植民地化は江戸末期から明治初頭当時の日本にどのように影響をもたららしたのか、といったまともな質問が出され、ごくオーソドックスな受け答えをすることになりました(ということは私の下手な英語でも概ねきちんと伝わっていたということです)。

 

18日火曜日には、ガンディーナガルから100キロほど離れた場所にあるParul大学(グジャラート州にある私立大学です)法学部でセミナーを行いました。ここでは、GNLU准教授で共同研究者のリチャ・シャーマ博士と私とで合同レクチャーをしました。まず、シャーマ博士が「法の継受」の総論として一般的な話をし、法の継受は歴史的に連綿と続くものであり、多元的かつ相互的なものであるとの問題提起をしました。私はGNLUで用いた“Transplantation of Western/Modern Law in Japan”のスライドを使いつつも、シャーマ博士の話に引き寄せて、法の継受は継続的なプロジェクトであり、今も日本はグローバル法と国内法を融合させる努力を続けており、その成果はアジア諸国に対する法整備支援をはじめとする国際的支援活動を通じてグローバルに拡大されつつあるという話をしました。質疑応答では、第二次世界大戦後の日本法の展開についての質疑が多く出されました。

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日水曜日には、GNLUのトーマス・マシュー教授(法と科学技術論担当)の授業枠で、“Scientific, Social and Legal Dimensions of Artificial Intelligence”と題して特別講義を行いました。昨日までのテーマとは異なり、科学技術に関わるテーマです。人工知能(AI)がもたらす社会の構造的変化に我々はどのように対処すればよいのか、その際に法はどのような役割を果たしうるのかというような内容の話です。環境問題、生命科学、人工知能といった先端科学技術の問題は科学で扱うことができる範囲を超える「トランスサイエンス」の問題であり、そこでは哲学、倫理学、心理学、法学、政策科学と科学技術とを組み合わせて問題の解決に取り組む必要があることを説明し、より具体的に、「自動運転車」、「AIによって消えていく仕事」、「シンギュラリティー」といったトピックを取り上げ、それぞれに固有の問題に言及しながら、私なりの問題への取り組みの方向を示しました。アイザック・アシモフの「ロボット工学三原則」について言及したりもしたので、学生の関心がSF的な方向に引っ張られてしまったきらいもありましたが、意欲的な質問が多数出され、学生の関心の高さが窺われました。話のむすびとして“Cybernetic Regulation”などという眉唾物の落ちをつけたのですが、これにはあまり学生は関心がなかったようです。

今回行った学生向けセミナーを通じて、GNLUParul大学の学生の向学心の高さが強く印象に残りました。日本の学生もまた、隣の日本人学生と自分とを比べて安心するのではなく、世界にいるこのような学生と切磋琢磨していかなければならないと肝に銘ずるべきです。いろいろ考えさせられました。


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2020.02.16

全インド法制史学会議概要

2020年2月13日(木)から20日(木)までの8日間、インド・グジャラート州にあるグジャラート国立法科大学(GNLU)に滞在しています。この滞在の前半の目的は2月14日(金)・15日(土)に同大学で開催される第1回全インド法制史学会議(1st All India Legal History Congress)に参加すること、後半の目的はGNLUで学生向けセミナーを実施することです。まずは前半の第1回全インド法制史学会議が終わったので、この会議の概要を備忘録的にまとめておきたいと思います。

第1回全インド法制史学会議は、GNLU准教授リチャ・シャーマ博士とインドの国立法科大学初の女性学長となったタミル・ナドゥ国立法科大学V.S.エリザベス教授が呼びかけ人となり、インド初の試みとして、全インドの法制史研究者(法制史を専門とする研究者ばかりでなく、法学研究者で法制史に関心をもつ者も含む)が集まり、開催されることとなったものです。この会議は、インド法制史学会(Indian Association of Legal History)の発足のための会合も兼ねています。全インドから報告者として47名、そのほかに招待された研究者、学生が参加して活発な議論が行われました。

14日朝の開会式では、GNLU学長のSanjeevi Santhakumer教授の開会の挨拶、私の招待講演(東アジアと南アジアの法と社会の近代化について)、V.S.エリザベス教授の招待講演(インドにおける法制史学の歩み)が行われました。私は、ここ5年あまりシャーマ博士と手探りで共同研究を進めている東アジアと南アジアの近代法成立の比較研究(まだ構想段階に留まっている)について紹介し、比較研究の意義について話しました(参加者の反応はまずまずだったのでこちらの意図は一応伝わったと思っておきます)。

午前の部会(Session1)では、Modernisation of Lawの分科会にChairとして参加しました。ここでは「法の近代化」という主題のもとに、NPOの慈善活動のCSRへの影響、国際取引システムの形成要因についての経済史的考察、実務家と研究者との距離の拡大について議論が行われました。若手研究者ばかりのセッションだったこともあり、着眼点の新鮮な議論に接することができ、刺激を受けました。なぜか私の講演についての質疑応答も行われました。

午後前半の部会(Session2)では、Law, Society and Historyの分科会に参加しました。ここでは、Dharma概念の明確化(これは仏教用語ではなく、今でも実際に使われる法概念です)、唐律にみられる刑罰と今日の刑罰との比較考察、「売春」の位置づけに関する植民地化の影響、インド憲法におけるガンディー不在の意味について議論が行われました。

午後後半の部会(Session3)はEnvironment, Urbanisation and Legal History & Science and Technologyに参加しました。この部会はいくつかの分科会を一つにまとめたもので、何でもありの印象。環境法概念形成における法の移植の役割、野生動物保護法(1972年)の立法史研究、インド古代からの法医学実務(Arhahastra)の研究、古代インドの医療倫理の研究について報告と質疑応答が行われました。古代に行われていたことを現代の視点でとらえることの功罪が議論の中心となりました。

翌15日午前の部会では、Decolonisation of Lawの分科会に参加しました。ここでは脱植民地化が主題となり、近代インド都市法とヨーロッパの都市法枠組の関係、古代ギリシャの政体モデルと民主主義、国際法におけるムガール帝国の位置づけ、インド女性の性的同意年齢に関する考察の報告が行われ、意見交換が行われました。

私に前提知識のない議論が多く、また語学力の問題もあり、はなはだ不十分な理解しかできませんでしたが、学会を立ち上げようという熱意が伝わってくる、刺激的な会議でした。

本会議の閉会式でインド法制史学会(Indian Association of Legal History)の設立が建議され、設立メンバーによる承認を得て発足することになりました。インドの法制史研究者による常設の学術団体の誕生です。コモンローの伝統の影響が大きいインドでは法実務が重視され、法制史や法社会学、法哲学など基礎法学への関心はそれほど高くはありません。インド法制史学会はあえてこれに抗い、学術志向を前面に出し、インド法学界の学術レベルを高めることを目指しているようです。インド法制史学会の今後の発展に大いに期待しています。

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