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2019.06.02

LSA Washington D.C. 2019大会概要その3

Law and Society Association(北米)の年次大会に参加するためにワシントンD.C.に来ています。昨日(61日)は3日目。今回は午前中のセッション2つと夕方のセッション(私も報告者の1人)に参加しました。

朝一の時間(8:009:45am)は、Paper Session: Dignity in East Asian Law and Society (1)CRN 33: East Asian Law and Society)に参加しました。西欧のキリスト教文化に起源をもつ「尊厳Dignity」の概念は東アジアでどのような意味で受け取られ、議論されているのか。司会は宮澤節生先生(神戸大学名誉教授)。4人が報告をしました。ややバラバラな印象はありましたが興味深い意見交換の場となりました。

1報告は、Terry Halliday氏(American Bar Foundation)とSida Liu氏(University of Toronto)による“Dignity Discourses in China Struggles for Basic Legal Freedoms”でした(報告はHalliday氏)。自由を貫こうとすると生命身体の危険すら伴う中国において人間の尊厳はどこまで尊重されうるのかを問う報告。中国には経済活動の自由も弱者保護もあるけれども、それは政策的なもので、本来、生得的に保障され、尊重されるべき「人間の尊厳」は十分に尊重されていないという主張。ややステレオタイプな中国観の投影のようにも思いましたが、かの国の不気味さがこの点に由来することは確かです。

2報告は、Qian Liu氏(University of Victoria)による“Making Sacrifices for My Family’s Dignity: How does the Emphasis on Face (Mianzi) in Chinese Society Interact with State Law to Affect Leftover Women’s Choices in Marriage and Childbearing”でした。家族の「面子」が法とどのように関わり、女性の生き方、特に結婚や出産にどのような影響をもたらすのかについて検討する報告。「尊厳」はRespectに関わる概念ですが、それが「体面」に近い意味で用いられる場合には、問題が多いと私も思います。

3報告は、Chen Wang氏(University of Ottawa)による“Migration and Dignity of Chinese Highly Skilled Women in Canada”でした。カナダへの中国人移民は増えていますが、中でも女性がカナダに移住する場合の問題について紹介する報告。能力の高い中国人女性が移住する場合であっても、その女性のそれまでの経験や高度な能力は無視され、職業訓練を受けるところからキャリアを始めなければならないこと、ある程度キャリアを積んでも何かの事情でそれを失うとまた職業訓練から始めなければならないことなど、カナダの中国人女性移民が置かれている状況は過酷なようです。このような状況のもとで「人間の尊厳」は保障されていると言えるのかを問うていると理解しました。

4報告は、Jimmy Chia-Shin Hsu氏(Academia Sinica)による“Human Dignity in Jurisprudence of Taiwan Constitutional Court”でした。台湾の憲法裁判所は憲法原則を発展させていくに際して「人間の尊厳」を効果的に用い、従来の法概念を拡張したり、逆に制限を加えたり、現代的意味に置き換えたりする試みを行っており、同性婚を認める判決もこのような文脈で捉えられるということを明らかにする好報告でした。

東アジア人にとっても「尊厳」は様々な意味で用いられていること、特に「体面」に引き寄せてこれが理解される場合には問題が多いことについては、考えさせられました。

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2セッションの時間(10:0011:45am)は、Paper Session: Dignity, Human Rights, and Gender Equity Beyond Temporality and Spaciality (CRN 33: East Asian Law and Society)に参加しました。司会はHiroshi Fukurai先生(UC Santa Cruz)。3人が報告をしました。

1報告は、Ayako Hatano氏(University of Tokyo)による“Internalization of International Gender Norms in Asia A Case of Gender Violence and Sexual Harassment in Japan”でした。女子差別撤廃条約(CEDAW)批准後、CEDAWの諸原則が日本でどのようにして国内化されてきたか、それが国内法の判決にどのように影響を与えてきたかについて記述的に明らかにする報告でした。博士論文の一部をなす研究とのこと。今後の展開が期待されます。

2報告は、Heidi Haddad氏(Pomona College)による“Municipal Rights: Cities Re-Purposing International Human Rights Law”でした。同氏の報告もまたCEDAW原則の国内化についての研究報告で、カリフォルニア州の自治体の条例等にCEDAW原則がどのように反映されているか紹介するものでした。自治体ごとに温度差はありますが、連邦や州レベルよりもさらに市民生活に密接に関わる自治体の条例等に国際法上の原則が直接に影響を及ぼしていることに、驚きを感じました。

3報告は、Rob Lefler先生(University of Arkansas School of Law)による“The Failings of Japanese Patient Safety Reforms in an International Context”でした。Lefler先生は日本の医療過誤訴訟の比較法的研究を長年行っておられる先生です。日本の医療安全制度改革は、損害賠償訴訟の増加によっても、医療損害保険の掛金率の高まりによっても、資格停止等の行政処分の強化によっても、刑事責任によっても、はたまた医療事故調査制度導入をもってしても、大きく前進することはなく、医療安全はまだまだ不十分な状態にあることを、データを示しながら紹介する報告でした。この問題は、医療安全の向上を医療機関に動機づけるインセンティブが欠けているということに尽きるのでしょうか。問題の深刻さを痛感しました。


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