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2019.05.13

2019年度日本法社会学会学術大会概要その2

2019年511日(土)、12日(日)、千葉大学西千葉キャンパスにて、2019年度日本法社会学会学術大会が開催され、無事に終了しました。2日目の議論も大変充実していました。

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日午前の部では、個別報告分科会③(司会:馬場健一[神戸大学])に参加しました。この分科会はたまたまですが脳科学や心理学、統計学を用いた報告が集まっていました。

最初の報告は、浅水屋剛(東京大学)・加藤淳子(東京大学)「法の専門家と素人の法的判断:fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いたリーガル・マインドの探求」でした。被験者に架空の殺人事件5事例を与えて答えてもらい、その時の脳の活動部位をfMRIで三次元データとして記録し、そのデータを多数集めて統計処理し、脳の活動部位を特定する脳科学実験の結果の報告でした。設けられた事例に答えるに際して、法専門家と素人とで脳の活動部位にどのような違いがあるかを検証。今回は感情的反応に関わる法専門家と素人の脳の活動の違いを抽出。まだ研究は第一歩とのこと。これからのさらなる研究に期待したいと思います。

2報告は、藤田政博「人の違法とせらるるは結果のみによらずして行為による: 行為無価値・結果無価値に関する実験研究」でした。刑法の違法性論では、結果の発生こそが違法性の根拠だとする「結果無価値」論と、単に結果の発生だけではなく、行為の非難可能性があることが違法性の根拠だとする「行為無価値」論との理論的対立がありますが、素朴な疑問として、人間は結果の発生だけで違法判断をするとは考えにくいところがあります。藤田さんはこの疑問に答えるべく、殺人事件の事例を工夫して学生を対象とした心理実験をまず行い、これを別の角度から検証すべく、アメリカのクラウドサービスに登録している一般人(平均年齢40歳ぐらい)を対象とした心理実験を行ったとのこと。その結果、いずれについても行為が法規範に違反したという行為の悪質性に関わる要素こそが違法性の判断にとって決定的であることが確認されたとのこと。心理実験を用いた鮮やかな検証には目を見張りました。

3報告は、籾岡宏成「アメリカ合衆国における懲罰的損害賠償制度の統計的分析」でした。アメリカ合衆国の懲罰的損害賠償の賠償額は陪審員が判断するのですが、この点に関して、陪審による判断は極端な倍率となることが多く、恣意的で予測可能性がないから制限すべきだという立場(不法行為法改革論者)と、陪審の懲罰賠償額の判断は控訴院裁判官の判断と統計的にみてそれほど極端な違いはなく、懲罰的賠償額は合理的に予測可能であるとする立場(現状維持派)の対立があります。籾岡さんは、LexisNexisのデータベースから2004年から2012年まで8年間の懲罰賠償が認容された300件以上の連邦控訴院判決を抽出し、これを原審にまでさかのぼってデータを整理。さらにこれを統計的に分析して、陪審による懲罰賠償額と控訴院裁判官による減額された金額を比較して、陪審による賠償額の判断が極端な倍率となり予測可能性を損なうほどに恣意的かどうかを検証。この結果、陪審による懲罰賠償の額は当事者の予測可能性を害するほどに恣意的でないこと、控訴院裁判官による減額は陪審による極端な倍率故に行われるというより、賠償額の大きさに応じて行われることが多いことを明らかにしました。ご研究は大変な力作とお見受けしましたが、アメリカで同種の研究は多数あるようで、どこまで独自性のある研究なのかはよく分からないところがありました。

12
日午後の部は、全体シンポジウム「司法制度改革とは何だったのか」が行われました。今回の大会企画委員長は樫澤秀木(佐賀大学)、司会は上石圭一(追手門学院大)・藤本亮(名古屋大学)です。最初に、企画委員長による「企画趣旨説明」があり、これに続いて丸島俊介(弁護士)による「司法改革の歴史を辿り未来を展望する」、田中正弘(筑波大学)による「我が国の法曹養成の出口拡充戦略は誰が主導すべきか―主体に着目した英米との比較」、高橋裕(神戸大学)による「法社会学会は司法制度改革にどのように接近してきたか:視角と死角」の3報告が行われました。

丸島報告は、ご自身が弁護士としてかかわってきた司法制度改革を振り返るとともに、今後の課題を明らかにし、これから向かうべき方向を示す重厚な報告。田中報告は、大学の認証評価を研究する教育学者という立場からみた司法制度改革、とりわけ法科大学院改革についての課題と展望を明らかにする報告。高橋報告は、法学論文データベースから司法制度改革に関わる論文タイトルとキーワード、会員情報をテキストマイニング等の方法で分析し、司法制度改革に法社会学会の会員がどのように関わってきたのか、これからどのように関わっていくべきなのかを明らかにする力技の報告でした。以上の報告に対して、三成美保(奈良女子大学)がジェンダー論の観点から、宮澤節生(神戸大学名誉教授)が司法制度改革にずっと関わってきたご自身の観点からコメントをするという形で、問題提起が行われました。

シンポジウムの後半はパネリスト間での意見交換とフロアとの質疑応答。議論は多岐に及んだので、詳細は省略します。基本的に、司法制度改革はジェンダーの視点が大きく欠けており、今後はジェンダー的な視点からのさらなる改革が必要であるということ、若手にとって弁護士が魅力的な職業であるようにするためにはどのような施策が必要か、そもそも訴訟事件数は何ゆえに減少しているのか、原因究明は行われているのか、法社会学会の会員はどのように現実の問題に取り組んでいくべきなのか、といった課題について白熱した議論が展開されました。

今年度の学術大会も充実した大会でした。来年度はAIや脳科学、ベイズ統計学といった新しい課題について議論が行われるようです。新しい展望は見出されるのでしょうか。

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