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2019.05.31

LSA Washington D.C. 2019大会概要その1

Law and Society Association(北米)の年次大会に参加するためにワシントンD.C.に来ています。大会は529日(木)から62日(日)まで。今回の大会のテーマはDignity(尊厳)です。あらゆる法学上の議論が含まれうるマジックワード。そのためではありませんが、今回もありとあらゆることが並行するセッション(同時並行で30以上)で議論されています。今回もまた私の参加した範囲で備忘録を兼ねて記録を残しておきたいと思います。

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30日(木)は前日の移動の旅疲れ、時差ぼけ、さらに夜中にちょっとショックな連絡が届いたことなどがあり、コンディションが最悪でした。無理しないモードで初日を過ごさせていただき、午前10時から1145分までの第2セッションのみ参加することになりました。

参加したのは、Paper Session: Indigenous Struggles, Resistance, and the Search for Survival, Mutual Support, and Mutual Aid Across Global Jurisdictions (CRN 33: East Asian Law and Society, CRN 34: Law and Indigeneity) でした。先住民の視点や相互扶助の視点で社会運動をどのように捉えるのかを議論するセッションです。このセッションの司会はHiroshi Fukurai先生(UC Santa Cruz)で、以下の4報告が行われました。(1セッションだけの紹介なので少し詳しく紹介します)。

1報告は、武士俣敦先生(福岡大学)による“Lawyer’s Ethics and Collaborative Practices in Japan: A Study on the Dysfunctional Effect of Ethical Rules on Access to Justiceでした。他の3報告とは異なり、日本において、弁護士倫理が弁護士と他の専門家との連携にどのような影響をもたらすのかについて検討する報告でした。結論から言うと、制約の多い弁護士倫理のために、弁護士と他の専門家との連携は悪影響を受けてしまっており、これを乗り超えるためには弁護士側の認識を変えることが必要だとのこと。いつも思っていることですが、その通りだと思います。

2報告は、Yance Arizona氏(Leiden University)による“Strategic Essentialism: Adat/Indigeneity as a Rhetoric of Rural Communities to Obtain Access to Justice in Land Conflict”でした。インドネシアにおける未開地域の土地紛争の運動論に関する報告です。事例の紹介が中心でしたが、要するに、従来の未開地域の先住民の土地紛争は共産主義と結び付けられ、容易に弾圧されてきたけれど、Indigenity(先住権)を運動の前面に押し出し、先住民が環境保護の主体として自らを位置付けることで、グローバル投資家による土地収奪に対抗する効果的な運動が展開されているとのこと。同じことでもレトリックが違えば確かにグローバルな訴求力をもつことがあると思います。

3報告は、Shambhu Prasad Chakrabarty氏(Amity Law School, Kolkata, India)による “The Role of Universal Periodic Review in the Indian Legal and Political System in Recreating Social Transformation Amongst the Indigenous and Tribal Peoples in India: A Socio- Legal Analysis”でした。いまひとつ内容をつかめていないのですが、インドの先住民、部族民の社会的変化を捉えなおすことで、先住民、部族民の法的、政治的位置づけが変わってくるということを主張する内容の報告だったと思います。先住民、部族民のもつEcological EthicsCommunicative Ethosに目を向けることで、彼らを社会運動の主体として理解できるようになるということには賛同するのですが、そのことによって運動がどう変わるのかは質疑応答を聞いてもあまりよく分かりませんでした。

4報告は、 Grace Tsai氏(Providence University)による “Translating CEDAW Into the Vernacular: Taking the Issue of Atayal Culture Concerning Domestic Violence as an Example”でした。今度は台湾の少数部族についての事例研究の報告です。台湾の少数部族であるAtayaGagaという土着の慣習(男女とも平等に働く)をCEDAW(女性差別撤廃条約 Convention on Elimination of All forms of Discrimination Against Women)の観点から再解釈することが、DVに対抗する方策となるというような趣旨の報告だったと理解しています。CEDAWの原則からかなり距離のある部族民の土着の慣習をこれに引き寄せて解釈するということには違和感はありますが、運動論としてはありうる話なのかと思いました。

いろいろ考えさせられるセッションでした。

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2019.05.13

2019年度日本法社会学会学術大会概要その2

2019年511日(土)、12日(日)、千葉大学西千葉キャンパスにて、2019年度日本法社会学会学術大会が開催され、無事に終了しました。2日目の議論も大変充実していました。

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日午前の部では、個別報告分科会③(司会:馬場健一[神戸大学])に参加しました。この分科会はたまたまですが脳科学や心理学、統計学を用いた報告が集まっていました。

最初の報告は、浅水屋剛(東京大学)・加藤淳子(東京大学)「法の専門家と素人の法的判断:fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いたリーガル・マインドの探求」でした。被験者に架空の殺人事件5事例を与えて答えてもらい、その時の脳の活動部位をfMRIで三次元データとして記録し、そのデータを多数集めて統計処理し、脳の活動部位を特定する脳科学実験の結果の報告でした。設けられた事例に答えるに際して、法専門家と素人とで脳の活動部位にどのような違いがあるかを検証。今回は感情的反応に関わる法専門家と素人の脳の活動の違いを抽出。まだ研究は第一歩とのこと。これからのさらなる研究に期待したいと思います。

2報告は、藤田政博「人の違法とせらるるは結果のみによらずして行為による: 行為無価値・結果無価値に関する実験研究」でした。刑法の違法性論では、結果の発生こそが違法性の根拠だとする「結果無価値」論と、単に結果の発生だけではなく、行為の非難可能性があることが違法性の根拠だとする「行為無価値」論との理論的対立がありますが、素朴な疑問として、人間は結果の発生だけで違法判断をするとは考えにくいところがあります。藤田さんはこの疑問に答えるべく、殺人事件の事例を工夫して学生を対象とした心理実験をまず行い、これを別の角度から検証すべく、アメリカのクラウドサービスに登録している一般人(平均年齢40歳ぐらい)を対象とした心理実験を行ったとのこと。その結果、いずれについても行為が法規範に違反したという行為の悪質性に関わる要素こそが違法性の判断にとって決定的であることが確認されたとのこと。心理実験を用いた鮮やかな検証には目を見張りました。

3報告は、籾岡宏成「アメリカ合衆国における懲罰的損害賠償制度の統計的分析」でした。アメリカ合衆国の懲罰的損害賠償の賠償額は陪審員が判断するのですが、この点に関して、陪審による判断は極端な倍率となることが多く、恣意的で予測可能性がないから制限すべきだという立場(不法行為法改革論者)と、陪審の懲罰賠償額の判断は控訴院裁判官の判断と統計的にみてそれほど極端な違いはなく、懲罰的賠償額は合理的に予測可能であるとする立場(現状維持派)の対立があります。籾岡さんは、LexisNexisのデータベースから2004年から2012年まで8年間の懲罰賠償が認容された300件以上の連邦控訴院判決を抽出し、これを原審にまでさかのぼってデータを整理。さらにこれを統計的に分析して、陪審による懲罰賠償額と控訴院裁判官による減額された金額を比較して、陪審による賠償額の判断が極端な倍率となり予測可能性を損なうほどに恣意的かどうかを検証。この結果、陪審による懲罰賠償の額は当事者の予測可能性を害するほどに恣意的でないこと、控訴院裁判官による減額は陪審による極端な倍率故に行われるというより、賠償額の大きさに応じて行われることが多いことを明らかにしました。ご研究は大変な力作とお見受けしましたが、アメリカで同種の研究は多数あるようで、どこまで独自性のある研究なのかはよく分からないところがありました。

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日午後の部は、全体シンポジウム「司法制度改革とは何だったのか」が行われました。今回の大会企画委員長は樫澤秀木(佐賀大学)、司会は上石圭一(追手門学院大)・藤本亮(名古屋大学)です。最初に、企画委員長による「企画趣旨説明」があり、これに続いて丸島俊介(弁護士)による「司法改革の歴史を辿り未来を展望する」、田中正弘(筑波大学)による「我が国の法曹養成の出口拡充戦略は誰が主導すべきか―主体に着目した英米との比較」、高橋裕(神戸大学)による「法社会学会は司法制度改革にどのように接近してきたか:視角と死角」の3報告が行われました。

丸島報告は、ご自身が弁護士としてかかわってきた司法制度改革を振り返るとともに、今後の課題を明らかにし、これから向かうべき方向を示す重厚な報告。田中報告は、大学の認証評価を研究する教育学者という立場からみた司法制度改革、とりわけ法科大学院改革についての課題と展望を明らかにする報告。高橋報告は、法学論文データベースから司法制度改革に関わる論文タイトルとキーワード、会員情報をテキストマイニング等の方法で分析し、司法制度改革に法社会学会の会員がどのように関わってきたのか、これからどのように関わっていくべきなのかを明らかにする力技の報告でした。以上の報告に対して、三成美保(奈良女子大学)がジェンダー論の観点から、宮澤節生(神戸大学名誉教授)が司法制度改革にずっと関わってきたご自身の観点からコメントをするという形で、問題提起が行われました。

シンポジウムの後半はパネリスト間での意見交換とフロアとの質疑応答。議論は多岐に及んだので、詳細は省略します。基本的に、司法制度改革はジェンダーの視点が大きく欠けており、今後はジェンダー的な視点からのさらなる改革が必要であるということ、若手にとって弁護士が魅力的な職業であるようにするためにはどのような施策が必要か、そもそも訴訟事件数は何ゆえに減少しているのか、原因究明は行われているのか、法社会学会の会員はどのように現実の問題に取り組んでいくべきなのか、といった課題について白熱した議論が展開されました。

今年度の学術大会も充実した大会でした。来年度はAIや脳科学、ベイズ統計学といった新しい課題について議論が行われるようです。新しい展望は見出されるのでしょうか。

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2019.05.12

Asian Law and Society Association 第4回学術大会のご案内

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2019年12月13日(金)、14日(土)、15日(日)の3日間、大阪大学豊中キャンパスにてAsian Law and Society Association 第4回学術大会を開催いたします。詳細は添付のチラシをご覧ください。関心のある方はktfukui[@]law.osaka-u.ac.jp([ ]を取り除く)までご連絡ください。

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2019年度日本法社会学会学術大会概要その1

2019年511日(土)、12日(日)、千葉大学西千葉キャンパスにて、2019年度日本法社会学会学術大会が開催され、これに参加するために千葉に来ています。昨日、初日が終わりました。場所が便利だからか、関心のあるセッションにピンポイントで来て帰ってしまう人が多いようですが、同時並行で5つのセッションが走っているにも拘わらず、各セッション会場は人が多く、盛会です。今回も備忘録を兼ねて私自身が参加したセッションの印象を書き残しておきたいと思います。

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日午前の部では、個別報告分科会①(司会:米田憲市[鹿児島大学])に参加しました。個別報告分科会は、それぞれの報告者が役割による制約なしに自分の研究を発表する場であり、いろいろ発見が多いです。私は学会ではなるだけ個別報告を聞くようにしています。

最初の報告は、齋藤宙治(東京大学)「年齢による差別と平等原則の一試論」でした。アメリカ合衆国の議論を手掛かりに、年齢による差別、とりわけ選挙権等に関するこどもの権利制限の合憲性審査基準について、ウェブアンケートを用いて実証的に検証する意欲的報告でした。アメリカの差別の合憲性審査には社会科学的な基準が用いられており、実証的な検証になじみやすいとのこと。Childist Legal Studiesの構築を目指すとのことで、今後の展開が期待されます。

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番目の報告は、波多野綾子(東京大学)「不完全な国際法の内在化?―日本におけるヘイトスピーチ解消法制定とアンチ・レイシズム運動を事例として」でした。人種差別禁止条約を批准したにも拘わらずなかなかヘイトスピーチ規制に踏み込まなかった日本で、どのようにして「ヘイトスピーチ解消法」が立法されるに至ったかを紹介し、国際的法規範が国内化されるメカニズムについて明らかにする報告。これまでの研究成果をさらに深める内容の報告でした。

3報告は、馬場健一(神戸大学)「行政不服審査における行政機関の弁明の実態と問題点」でした。馬場報告は、ご自身で行った全国65自治体(45都道府県と20政令指定都市)に対して行った学校体罰事故報告書の公開請求で、氏名等を開示せず、行政不服審査をしてもなかなか開示を行わない事例を分析し、行政不服審査の構造的問題点を指摘する秀逸な報告でした。行政は確立された最高裁判決が出ても、それに容易に従おうとせず、しかも、行政不服審査の審査手続がいくつもの過程に別れていていくらでも時間的な引き延ばしが可能な構造になっているために、実際に意図的な引き延ばしが行われていることが窺われるとの指摘には唸らせられました。

4報告は、馬場淳(和光大学)「法人類学と存在論―法文書をめぐるエージェンシーとコミュニケーション」でした。ご自身がフィールドとしているマヌス島の事例を手掛かりに、モノとしての法文書が関係する当事者にどのようなコミュニケーションをもたらすのかを記述的に紹介し、テクストとしての法文書とは異なる法文書の側面について明らかにする報告でした。文書にはそれ自体として権威のようなものが備わっており、その側面にも光を当てる必要があるという問題提起として受け止めました。

お昼休み、会員総会を間に挟んで、午後の部となりました。私は午後も個別報告分科会②(司会:飯田 高[東京大学])に参加しました。指導する博士課程院生の報告があるからです。

最初の報告は、安藤泰子(青山学院大学)「国家と刑罰、国際社会と刑罰」でした。第二次世界大戦以降に構築されてきた国際刑事裁判における新たな犯罪類型(戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する罪、侵略犯罪など)をどのような法理論で正当化するかをめぐる報告でした。やや概念法学的な手法の報告で、法社会学の手法とは合わないのではという気がしましたが、国際的法規範の形成プロセスに関する問題提起を行う報告として受け止めました。

2報告は、片野洋平(明治大学)「所有者不明の土地問題の解消とその課題―特に現場の困難と工夫に着目して」でした。鳥取大学在職中にご自身が取り組んできた自治体による所有者不明土地の寄付採納事業の現状と課題について紹介する、経験的・体験的研究の報告でした。自治体が土地の寄付をうけるといっても、所有者確定に手間がかかるうえ、利益よりもむしろリスクを負うことになるために、全国的に注目されているにも拘らず事業がなかなか進まない実態が明らかにされました。

3報告は、楠本敏之(東京大学)「社会保険の被保険者資格の中立化に係る法政策と非正規雇用者の社会的包摂」でした。厚生年金等社会保険の労働時間、契約期間による被保険者資格制限が企業による労働コスト抑制に利用され、労働者の非正規化がもたらされている現状を前提として、この受給資格制限を取り払った場合に企業と労働者がとりうる行動について郵送アンケートとウェブアンケートで調べた結果をまとめた意欲的報告でした。社会保険の受給資格制限をなくした場合に非正規の正規化という政策効果は認められる一方、健康保険との関係ではそのような政策効果は働かないとのこと(私の理解が間違っていたら申し訳ありません)で、健康保険は任意の選択にゆだねてもよいという結果は意外でした。

4報告は、花村俊広(大阪大学)「労働局あっせんは、どのようにして合意を調達しているのか?―インタビュー調査によるあっせん業務プロセスの解明」でした。ご自身が社会保険労務士で、労働局のあっせん委員をされている経験をベースに、7名のあっせん委員を対象とした聞き取り調査に基づいて、労働局によるあっせん業務のプロセスを明らかにし、より満足度の高いあっせん手続の可能性を模索する、実務的かつ理論的な研究の報告でした。私の指導院生の研究ですが、これからの課題はなお残るものの、力作であると理解しました。

初日の個別報告はいずれも意欲的で、示唆に富むものばかりでした。2日目にはどのような報告と出会うことができるでしょうか。


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