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2018.12.10

2018年12月9日(日)法制史学会近畿部会・日本法社会学会関西研究支部共催シンポジウム「法の概念および日本前近代法の特質-水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』を素材として」概要

2018129日(日)13時~1750分まで、法制史学会近畿部会と日本法社会学会関西研究支部の共催で、シンポジウム「法の概念および日本前近代法の特質-水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』を素材として」が開催され、参加してまいりました。このシンポジウムは、水林彪先生(東京都立大学名誉教授・元一橋大学教授)の提案で企画され、水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』(日本評論社・2018年)のプロモーションを兼ねて行われたものです。大半の参加者は法制史研究者で法社会学研究者は少なかったのですが、いろいろ得るものの多いシンポジウムでした。以下は備忘録を兼ねた概要紹介です。

シンポジウムは水林先生の企画趣旨説明から始まりました。企画趣旨の内容は割愛しますが、「法の概念」について、法制史と法社会学が共有できる「経験科学的法概念」をめぐって、改めてマックス・ウェーバーの議論を再検討することには意義があると思います。決して新しいテーマではありませんが、長らく検討を放置してきたテーマだからです。なぜ今議論するのか、という問いもありますが、問題意識が薄れてきたからこそ今やらなければならないということなのだと理解しました。

企画趣旨説明のすぐあと、第Ⅰ部 「法の概念-寺田浩明論文および高橋裕論文を素材として」が始まりました。第Ⅰ部の司会は私です。パネリストは、寺田浩明先生(京都大学名誉教授)と高橋裕先生(神戸大学教授)でした。

寺田報告「法概念の論じ方-高橋・水林論文に接して」は、高橋さんの論文「マックス・ウェーバーにおける法の概念-経験科学的法概念の再構成に向けて」、近刊「経験科学的な法概念に向けて」、および、水林先生の論文「マックス・ウェーバーにおける法の社会学的存在構造-『改定稿』をテクストとして」を検討し、強制を伴わない法をとらえる視点の必要性、ルールの妥当とはそもそもどのようなことか、正当な法とはどのようなことか、ルールを伴わないカリスマ的支配もあるのではないか、といったことを、中国法史学の視点から問題提起するものでした。国家を前提とし、正当性を有する、強制力を伴うルールとして法をとらえる法制史・法社会学の主流のスタンスに対する批判と受け取りました(私の理解力の限界もあり、正確な要約はできません)。

高橋報告「法をどのように捉えるか-法社会学からの把握と法史学からの把握-」は、法社会学と法史学で協働を可能にする法概念がありうるかという問題意識から出発し、寺田論文「中国法史から見た比較法史-法概念の再検討」を手掛かりに、「契約社会」・「訴訟社会」としての前近代中国を前提として、実定化されない法をどのように捉えるのか、民事裁判をどう位置づけるのか、律の性格、契約の質をどう捉えるのか、法的関係と社会関係をどのように関係づけるのか、法の継受をどのように捉えるのか、ルールとは異なる社会的正義と裁判の関係をどう捉えるのかといった様々な点について検討し、さらに、高橋論文に対する水林先生と寺田先生のコメントに応答する内容の報告でした。高橋報告も容易に要約することはできない内容ですが、国家を前提とし、正当性を有する、強制力を伴うルールとして法をとらえる法制史・法社会学の従来の捉え方を拡げていく必要性があることを問題提起する報告と理解しました。

報告に続いて水林先生のコメントがありました。ウェーバーの法概念は、強制力を伴うルール(制定法・古代法=形式的法)だけでなく、強制力を伴わないルール(エチケット等)、ルールならざる強制(カリスマ的法宣示・実質的法)、ルールでも強制でもない規範(非難を伴う無定形習律)をもカバーするものであり、経験科学的な法概念として法社会学と法史学で十分に共有できるという水林先生の整理は圧巻でした。質疑応答もウェーバーの法概念に関する議論が中心でしたが、これは割愛します。

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休憩を挟んで、第Ⅱ部 日本前近代の法と裁判-松園論文および大平論文を素材として」が行われました。第Ⅱ部の司会は水林先生、パネリストは松園潤一朗先生(一橋大学講師)、河野恵一先生(立命館大学教授)、大平祐一先生(立命館大学名誉教授)、安竹貴彦先生(大阪市立大学教授)でした。第Ⅱ部は報告とこれに対するコメントが2組行われるという形で進められました。こちらのパートは手堅い日本法制史の研究セッションという印象です。

まず、第Ⅱ部第1報告として、松園報告「中世における法と道理」が行われました。同報告は、中世日本法における「道理」の「法」に対する優位が、近世法になると「法」の「道理」に対する優位に変わっていくということについて、中世法の学説史を踏まえたうえで、資料を精査して論証する研究報告でした。松園先生は日本法制史若手のホープと目される人物です。中世法において普通に用いられていた「道理」が近世に近づくとともに用例が少なくなり、他方その代りに「法」が用いられることが多くなり、戦国時代に至ると裁判が「御法」による判断であることが強調されるようになったという整理は秀逸であると理解しました(私は日本法制史の知見に乏しいので、この整理は間違っているかもしれません)。

これに対する河野コメントは、喧嘩両成敗の研究者として、中世から近世へと時代が移っていくなかで、理非を論じる「道理」に基づく裁定が、理非を論じない「法」に基づく裁定へと変わっていく傾向があることを指摘し、その背景に理非の判断を公権力が独占するようになったことがあることを指摘するものでした(これについても私の整理が間違っているかもしれません)。近代的な法理解と「道理」との間にはかなり距離があり、それが何ゆえに「法」に置き換わってきたのかということには興味が湧きました。

これに続いて、第Ⅱ部第2報告として、大平報告「江戸幕府の刑事裁判と『手続きの選択』-「吟味筋」かそれとも「出入筋」か-」が行われました。大平報告は、幕府の裁判手続には「吟味筋」(取り調べを必要とする者を召喚して「裁判役所自ら審問を開始する」手続)と「出入筋」(私人による出訴にもとづく私人間の紛争解決手続で、基本的に民事事件が主対象であるが、刑事事件も対象となり、民事と刑事の両訴訟手続きが合体したものと理解される)の二種類があり、この区別はしばしば「立証が容易か、困難か」によって行われる(立証が容易なものは「吟味筋」となり、立証が困難なものは「出入筋」として裁かれることが多かった)こと、他領地他支配関連刑事事件でしばしばこの振り分けが問題になってきたことを論証する報告でした。敗訴するわけにはいかない幕府の三奉行の立場がこの振り分けに影響していたということが指摘されていました。

これに対する安竹コメントは、「吟味筋」と「出入筋」の振り分けが他領地他支配関連刑事事件を幕府が処理するための便法に過ぎなかったのではないかと指摘し、手続を選択する主体は、たとえ私人による出訴が促されているからといって、私人がこれを選べるわけではなく、幕府の都合でこの振り分けが行われていたのではないかと指摘するものでした。この議論は、現在の検察の、極度に敗訴を恐れ、勝訴できる事件しか起訴しない傾向の歴史的検証であり、興味深く伺いました。

本シンポジウムは、私の理解力でフォローできない点も多々ありましたが、本当に勉強になりました。法制史と法社会学の合同研究会、また企画したいと思います。


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2018.12.09

2018年12月8日(土)司法アクセス学会第12回学術大会概要

201812 8() 午後1時から午後5時すぎまで、東京・霞が関の弁護士会館2階講堂にて、司法アクセス学会第12回学術大会が開催され、参加してまいりました。テーマは 「市民の法的ニーズと法律専門職の倫理」。市民、企業の法的ニーズはどこにあるのか、各法律専門職は利用者の期待に応えられるような専門職倫理のもとに法的サービスを提供していると言えるのか、議論しました。以下は、当日のシンポジウムの概要です。

大会前半の第1部ミニシンポジウム①「法的ニーズについて」では、20154月に公表された「法曹人口調査データの二次分析―弁護士需要はどこにあるのか―」(日弁連法務研究財団・財団研究)に基づいて市民と企業の法的ニーズについて検討し、利用者の視点から、どこに法専門職サービスへのニーズが存在し、何がアクセス障害を発生させているのかを実証的に検討しました。企画責任者は、石田京子氏(早稲田大学)、報告者は、山口絢氏(日本学術振興会)、斎藤宙治氏(東京大学)、森大輔氏(熊本大学)、佐伯昌彦氏(千葉大学)、コメンテーターは、片桐武氏(弁護士)と安藤知史氏(弁護士)。

山口報告「法律相談利用前のためらいとの関連要因」は、「ためらい」を「当事者が法的ニーズを有し、法律相談利用の動機が存在しているにも拘わらず、その動機が相談を利用するという明確な意図の繋がっていない状態」と定義し、「ためらい」の有無、理由と当事者の属性、問題類型をクロス分析し、「ためらい」の関連要因、「ためらい」の理由と属性の関係を明らかにする好報告でした。「ためらい」をより強く感じるのが女性や若者層であり、その理由が弁護士の敷居の高さや問題深刻化の懸念であるというのは実感にも合っています。

斎藤報告「大企業の法務と弁護士利用」は、企業の事業規模に関わる変数(資本金、従業員数)と法務に関する変数(法務担当者数、社外弁護士予算、社内弁護士数)のそれぞれの影響関係を仮説モデルを用いて分析し、大企業の弁護士利用が増える要因とその因果の流れを明らかにする力技の報告でした。企業の事業規模が大きくなると、法務の基盤が安定化し、その結果法務担当者数が増え、それが前提となって社内弁護士も増え、同時並行で社外弁護士の予算も増えるという関係があるというのも、納得できます。企業の弁護士利用はある程度の事業規模がないとなかなか進みにくいのは確かです。

森報告「横断的な回答比較」は、「法曹人口調査」の複数のアンケートの間で、「異なる主体間での同じ質問の比較」(弁護士の利用機会・法曹有資格者の将来の利用、弁護士を探す方法、弁護士を選ぶ際の考慮事項、依頼しやすくするための必要事項、弁護士に期待する能力)と、「同じ主体の間での異なる質問の比較」(弁護士を選ぶ際の考慮事項、依頼しやすくするための必要事項、弁護士に期待する能力)を行い、回答された要因を回答者が選んだ率の高い順に並べて、何がよりその質問でより重要な(それほど重要でない)要因なのかを明らかにする報告でした。弁護士を選ぶ際の考慮事項として大企業は「実務経験」「専門分野」を重視し、相談者は「話しやすさ」、一般人は「安い費用」を求めていること(異なる主体間での同じ質問の比較)、弁護士に期待する能力としては、一般人は「交渉力」、大・中小企業は「法律知識」を最も求めている(同じ主体の間での異なる質問の比較)との調査結果は特に印象に残りました。

佐伯報告「弁護士費用の支払い意欲に関する二次分析」は、「法曹人口調査」で行われたシナリオ調査に着目し、そこで用いられた「相場法」(弁護士費用の相場を示し、いくらまでなら払う意欲があるかを尋ねる)の結果を、着手金重視の解答者と報酬金重視の回答者を区別し、さらに相場未満しか払わないとの回答者と相場以上を払うとの回答者を分け、4通りの回答者グループの割合を比較する分析でした。概ね着手金の支払いを相場未満に抑えようと考える人は報酬金の支払いも相場未満に抑えようとする傾向があること、着手金を相場以上支払うとする人は、報酬金も相場以上支払う用意があること、先端ビジネス能力を期待し、若手弁護士の熱心さを評価している依頼者は、弁護士費用の支払いに積極的であることなど、興味深い知見が得られました。

以上の報告に対して、実務家からのコメントとして、片桐弁護士は、「ためらい」克服のための弁護士会の努力を紹介し、また横断分析について一般人が「交渉力」を「法的知識」より重視している点は興味深く、弁護士を選ぶ際の考慮事項として一般人が「安い費用」を重視している点は重く受け止める必要があるとし、安藤弁護士は、企業法務に関わってきた立場から、法務の基盤が事業規模によって決せられることは実感に合うとしたうえで、この調査結果からは中小企業の弁護士利用を進めることは非常に難しいということになるが、ベンチャー企業などは弁護士利用に積極的であり、期待できると指摘しました。パネルディスカッション・質疑応答では、弁護士ニーズはどのように分布しており、そのニーズはどのようにしたら弁護士利用につながるのか議論するものでしたが、都合上省略します。

大会後半の第2部ミニシンポジウム②「職業倫理について」では、法専門職側に焦点をあてて、弁護士のみならず、司法書士、行政書士などの法的サービスの提供者側がどのような倫理研修を行い、団体としてサービスの質の標準化に取り組んでいるのか紹介されました。企画責任者は齋藤隆夫氏(桜美林大学)。報告は、斎藤隆雄氏「市民の法的ニーズと法律専門職の倫理―司法書士の専門職倫理をめぐる研修―」(司法書士の立場から)、山田美之氏「行政書士のコンプライアンス―倫理研修の現状と課題―」(行政書士の立場から)、馬橋隆紀氏「弁護士会における倫理の習得」の3報告でした。

齋藤報告は、司法書士とはどのような専門職なのか、懲戒の傾向はどうか、専門職倫理に関する規定はどうなっているかを明らかにしたうえで、専門職倫理研修の内容と参加率等から司法書士の専門職倫理研修の課題について明らかにする報告でした。法令に根拠をもつ司法書士の専門職倫理と一般的に司法書士に期待される倫理との区別が不明確で、司法書士の間で誤解が生じていること、中立性が求められる登記業務を行う上での倫理と、党派性が求められる簡裁代理を行う上での倫理の性格の違いが司法書士の専門職倫理を混乱させていること、など考えさせられました。

山田報告は、行政書士倫理綱領について紹介するとともに、行政書士に対する処分の構造(都道府県知事による懲戒と単位会による処分の二層構造になっていること)とそれぞれの動向について紹介。近年重い処分を受けている行政書士が増えていること、そのような重い処分には戸籍謄本等の職務上請求の不正が少なくないことなどが明らかにされました。

馬橋報告は、弁護士会の倫理研修に長年携わってきた立場から、弁護士会研修制度の沿革、平成元年のアメリカ視察による転機、義務研修の導入、弁護士会倫理研修の課題について紹介するものでした。弁護士職務基本規程をさらに具体化する試みが進んでいること、それによって若手の弁護士が弁護士倫理をより明確に意識するようになることが期待されること、社会一般の弁護士に対する信頼も、弁護士倫理をより具体的に社会一般に示していくことで高まっていくと考えられることなど、さらに議論を深めていくべき点が明らかになりました。

質疑応答はあまり時間がなかったのでほとんど省略しますが、私もこの質疑応答で、弁護士会が倫理研修や懲戒に力を入れているにも拘らず、弁護士懲戒の手続が内輪のかばい合いに見えてしまっている現状について指摘し、他方で、他士業の場合には士業の不正に関して監督庁(司法書士につき法務局長、地方法務局長、行政書士につき都道府県知事)が最終的懲戒権をもっているために、専門職倫理を自分たちで構築していくという意識に乏しくなっているのではないかと質問しました。弁護士会は職務基本規程を具体化することで一般の理解が得やすくなると考えていること、他士業については、監督庁による懲戒にあたって、単位会が審議して意見を述べることから、間接的には単位会の意見が処分に反映されることなど、教えていただきました。

あまりに盛りだくさんで議論や質疑応答の時間が足りない大会でしたが、今回もいろいろ勉強になりました。来年の企画も楽しみにしています。

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2018.12.02

ALSA 2018 Gold Coast大会概要(その2)

(「その1」からの続き)
2018
121日(土)はALSA2018の本大会2日目です。充実したセッションが続きました。

1
日朝9時からのDay 3 Session A ではLIA-Courtsのセッションに参加しました。アジア各国の裁判所の課題について議論するセッションです。3人の報告者による報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、Vai Io Lo教授 (Bond University)による“Communication Technology and Judicial Transparency in China”でした。大陸中国の50の裁判所(民事)の公式ウェブサイトを調査し、情報技術を使った裁判所の情報開示について検証する報告。通常民事裁判についてウェブ上で日程等の確認ができるなど、情報技術の裁判所での活用は進んでいるけれども、個人情報保護など課題があることが明らかにされました。第2報告は、David Law教授 (University of Hong Kong & Washington University in St. Louis)による“Judicial Review of Constitutional Amendments: The Case of Taiwan”でした。各国の憲法改正に対する司法審査の事例を分析し、台湾の司法審査が特に厳格(積極主義)であることを指摘したうえで、「対話的」司法審査(Dialogic Judicial Review)の可能性について検討する報告でした。積極的な司法審査には世論の支持が必要という指摘には唸らされました。第3報告は、Hong Tram氏(Institute of Legal Science, Vietnam)による“Developing Case Law in Vietnam- Transplanting Common Law into a Socialist Context”でした。もともと社会主義法国であり、大陸法による法整備支援を受けたベトナムの裁判に判例法を移植する試みについて紹介する報告。社会主義法・大陸法の枠組のもとでは、判例はそのままでは法的拘束力はありません。しかし、実務上の解釈の積み上げを法に反映させることは実務家からは強く求められます。多くの場合には、法改正によって判例法の法制化が行われるとのこと。判例法によってベトナム法が変わるのか、どのように変わるのかは今後の発展にゆだねられるとのこと。法の移植についての興味深い報告でした。

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時からのDay 3 Session B ではLIA-Judgesのセッションに参加しました。各国の裁判官の実際について議論するセッションです。3人の報告者による報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、松中学准教授(名古屋大学)による“The Career Judge System and Court Decision Biases: Preliminary Evidence from Japan”でした。日本の裁判官のキャリアシステムを前提に、消費者法事件と会社法事件の判決を量的に分析して、事案処理の効率性が裁判官の判断に影響しているかどうかを実証的に明らかにする意欲的報告。調査対象が限られていることから分析に一定の限界はあるものの、興味深い内容でした。第2報告は、Huynh Nga Truong氏(National Chung Cheng University)による“The Good Faith Principle in Asian Civil Law Jurisdictions: A Comparative Analysis”でした。大陸中国、台湾、日本、韓国、ベトナムなどアジアの大陸法国を対象に裁判で信義則が果たす役割を分析する報告。主たる対象はベトナムでした。特に、ベトナムは日本の法整備支援を受けて民事法の整備をしていることから、法適用の修正原理としての信義則の役割は日本とあまり変わらないという印象をもちました。あくまで若手研究者の研究報告なので、実際にはどうなのか、ベトナムの裁判官の感想が聞きたいところです。第3報告は、柳瀬昇教授(日本大学)による“Judicial Integrity and Deviation in Japan: Judging from Judge Impeachment Cases”でした。日本の裁判官弾劾手続について、日本国憲法制定後これまでに行われた9件の事例を分析し、裁判官に期待される政治的中立性や品位の内容について明らかにするとともに、弾劾手続の政治的利用の危険性について指摘する報告でした。いろいろ勉強になりました。

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時からのDay 3 Session Cでは、 PGov-Accountabilityのセッションに参加しました。2人の報告者による行政のアカウンタビリティーに関する報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、Zejun Du氏(ボンド大学)による“Government Information Publicity in China: Development and Further Improvement”でした。報告は、大陸中国で進められている行政の情報公開についての実証的分析。中国でも行政の情報公開についての法整備は進んでいるのだそうですが、実際に調査を行ってみると、情報公開に非協力的であったり、そもそも情報公開の体制ができていなかったり、法整備が行われる以前とあまり変わっていない現状が明らかにされました。背景には社会主義法としての立て付けや、面子の文化があるようです。第2報告は、Stefan Gruber准教授(京都大学)による“Cultural Heritage, Rights and Access to Justice in Asia”でした。現在、アジア諸国ではどこでも文化財保護が進められていますが、国が進める文化財保護政策と個人の所有権、地域利益との対立は容易に回避することができず、時には伝統的な生活をしている現地住民の人権問題など深刻な問題も生じるとのこと。文化財保護政策に求められる行政のアカウンタビリティーとはどのようなものか、多角的な検討が必要であり、特に、UNESCOなどが進める欧米的な文化財保護政策がアジアに適しているかどうかについて、再検討が必要であるということを理解しました。

3
45分からのDay 3 Session Dでは、LIA-Litigation and Litigiousnessのセッションに参加しました。アジア諸国の訴訟利用とその背景にある法意識について議論するセッションです。4人の報告者が報告を行いました。第1報告は前田智彦教授(名城大学)による“Judicial Dispute Resolution in the Eye of Litigating Parties: Findings from a Survey of Japanese Litigants and their Attorneys”でした。訴訟当事者と代理人弁護士に対して行った訴訟上の和解に関するアンケートの調査結果の分析です。当事者が和解に応ずるのは代理人の説得や裁判官による和解勧試によるところが大きく、当事者が自分から和解を望むケースはそれほど多くないということを明らかにする、興味深い報告でした。日本人は訴訟よりも話し合いによる解決を望むという川島テーゼは必ずしも正しくないことが理解されました。第2報告は、Tu Nguyen氏(Griffith University)による“Coping with precariousness: How social insurance law shapes workers' survival strategies in Vietnam?”でした。ベトナムでは最近社会保険制度の大改革が行われており、それによって労働者の「生き残り戦略」が変わってきているとの報告。法と道徳は相互に影響し合うものであり、ある種の法改正は従来の道徳に大きな影響を与えるとのこと。社会保険制度改革によって20年の勤続年数で年金を受け取れるようになったベトナムの労働者は早期退職を望むようになり、労働に関する道徳意識が変わってきているという分析には、いろいろ考えさせられました。第3報告は、Hai Jin Park氏(Stanford Law School)による“Why Is Securities Class Action Seldom Used in Korea?: Understanding the Reluctance of Plaintiff’s Lawyers”でした。最近韓国で証券取引に関するクラスアクションが導入されたのですが、この利用が進まないのはなぜなのかを解明するために行われた調査の結果を分析する内容。結局のところ、この訴訟類型は、これを原告側で受任する弁護士に費用とリスクを押し付けるもので、成功報酬による実入りも少ないことから、弁護士がこの訴訟類型の利用を敬遠しているというのがその理由とのこと。制度設計をする際にはその利用者だけでなく、担い手の利便性をも考慮する必要があるということなのでしょう。第4報告は、Ummey Tahura判事(Bangladesh, Macquarie University)による“Will ADR be Able to Impact on Access to Justice and Litigation Costs?”でした。司法アクセスの拡充の重要な柱として世界各国で導入が進められている裁判外紛争解決(ADR)は本当に司法=正義へのアクセスを向上させるのかについての分析です。確かに、ADRの手続費用は訴訟費用に比べて大幅に安価であり、当事者にとってその利用のメリットは大きいものの、その利用の強制は司法=正義へのアクセスを求める当事者の利益を害するのであり、ADRの利用促進が司法=正義へのアクセスを向上させるとは言えないとの主張。やや論理の飛躍があったものの、訴訟制度には独自の意義があるということは確かであり、一つの問題提起として理解しました。

5
15分からはLynette Chua准教授(National University of Singapore)による閉会講演。内容は、アジアにおける権威主義(Authoritarianism)とその研究の必要性について。やや冗長な講演でしたが、ALSAの今後の検討課題の提示として受け取りました。それから、Best BookBest Graduate Student Articleの授賞式。中国の若手研究者たちの優れた研究に敬意。最後に、私のALSA 2019大阪大会のプロモーション講演。キャンパス紹介のスライドに「マチカネコ」(待兼山にある豊中キャンパスの猫)の写真を入れておいたので、つかみは良かったはずです。

今回のALSA大会も、アジア各国の様々な研究課題に触れることができ、研究上の視野が広がりました。来年は私がALSA年次大会の開催責任者です。1年間、準備のために頑張らなければなりません。

写真は筑波大学の辻雄一郎先生からの提供。

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2018.12.01

ALSA 2018 Gold Coast大会概要(その1)

20181129日から121日まで、オーストラリアのクイーンズランド州ゴールドコースト市にあるボンド大学にてAsian Law and Society Associationの年次大会(ALSA 2018)が開催されており、これに参加するためにゴールドコースト市に来ています。ボンド大学は、3年前まで大阪大学法学部の短期訪問プログラムを実施していた場所なので、懐かしさ満載です。大会の議論も質が高く、盛会です(参加人数はのべ200人弱でしょうか)。以下では、備忘録を兼ねて、大会の概要を紹介いたします。

私が参加しているのは、1129日の若手企画を除く、本大会2日間です。30日午前中には、開会式、Opening Keynote、そしてDay 2 Session Bが行われました。

開会式では、大会組織責任者のLeon Wolff准教授(QUT)が開催校ボンド大学の紹介をし、それに続いてALSA会長のHiroshi Fukurai教授(UC St. Cruse)が今大会に至るまでの学会の経緯を紹介。形式的な挨拶は早々に終え、すぐにOpening Keynoteに移行しました。Opening Keynoteでは、Korean Legislation Research InstituteKLRI)のIk-Hyeon Rhee所長が“Development and Challenge of Rule of Law in Korea”と題する講演、Melbourne Law SchoolPip Nicholson教授(ベトナム法の専門家)がベトナムの民主集中制のもとでの「法の支配」に関する講演を行いました。韓国の「法の支配」が1990年代以降急速に進展していること、ベトナムの「法の支配」はまだまだ越えられない壁にぶつかっていること、いずれもアジアの「法の支配」の現状の紹介と受け取りました。

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時から行われたDay 2 Session Bでは PGov-Misconductのセッションに参加しました。ここは私の報告したセッションなので少し詳しく紹介します。報告者は4人。第1報告は、Sheikh Solaiman准教授(University of Wollongong, Australia)による“Preventing Corporate Manslaughter in Bangladesh: All Barks, Little Bite?”でした。バングラディシュでは企業の重大事故で亡くなる人が交通事故並みに多いとのこと。企業での死亡事故を防ぐために企業への罰則を強化することを提唱していましたが、重罰化で死亡事故が防げるのか、単純に過ぎるという印象をもちました。第2報告は、Naoko Akimoto助理教授(台湾・国立交通大学)による“Comparative Study on Legal Systems Handling Scientific Research Misconduct”でした。アメリカと日本の研究不正に対する規制について報告するもので、過度に法化されたアメリカの研究不正対策と研究者と研究機関の自律性を強調する日本の対策という対比で、手続保障がある分アメリカの研究不正対策に学ぶものがあるとする結論でした。研究者のReputation Riskに依存する日本の研究不正対策には確かに手続保障上問題があると思います。第3報告は、Kay-Wah Chan上級講師(Macquarie University)による“Why Were Bengoshi Disciplined? An Analysis of the Objectives of the Lawyer Disciplinary System in Japan”でした。日本の弁護士会による懲戒事例を分析して懲戒の機能、とりわけ日本の弁護士懲戒独自の機能を析出しようとする試みです。アメリカの弁護士懲戒研究で明らかにされた9つの機能以外に日本の弁護士懲戒には独自の機能はあると思いますが、比較対象を拡げて考えた場合にそれが日本独自と言えるかどうかはやや疑問だと思いました。第4報告は私の“Third-Party Committee for Corporate Misconduct: Sociological Analysis”でした。日本独自に発展してきた組織不正対応手段としての「第三者委員会」に期待される役割、社会学的にみたその機能、「第三者委員会報告書格付け委員会」の存在意義と限界について報告しました。実態調査を行ってそのデータを反映させるつもりだったのですが、まだ科研費申請をやっと行った段階で、これが実現するのはまだ先になります。いずれも興味深い報告で、質疑応答でも活発なやり取りが行われました。

午後2時からのDay 2 Session CではCrim-Criminal Justice Institutions and Civil Society in Japanのセッションに参加しました。日本の刑事司法実務とオーストラリアの刑事司法実務を比較するという企画。第1報告は、Peter Rush准教授(Melbourne Law school)による“Monitoring Confessions: Recent Transformations in the Laws Regarding the Audio-visual Recording of Interrogations in Japan and Australia”でした。日本とオーストラリアにおける取り調べの録音録画と取り調べ手法の変容を明らかにしたうえで、それがもたらす司法と社会の関係の変化について検討する報告。第2報告は、平山真理教授(白鴎大学)による“The Reformed Prosecution Review Commission in Japan: Will ‘Lay Participation’ Change the Practices and Impact of Prosecution?”でした。裁判員制度の陰に隠れて見えにくくなった、国民の司法参加制度としての「検察審査会」の役割とそれがもたらしうる刑事司法の変容についての検討する報告。検察審査会による「とりあえず起訴」が増えることによって起訴事件の99%が有罪になるという日本の刑事司法の状況が変わりうるという主張と理解しましたが、そのための社会的コストを考えると疑問なしとは言えない主張だと思いました。第3報告は、Carol Lawson研究員(ANU)による“Civil Prison Oversight in Japan and the Australian Capital Territory: Empirical Insights & Comparative Contests”でした。日本とオーストラリア首都特別地域における民営化された刑務所の監督を比較する内容。オーストラリア首都特別地域のものと比べて日本の民営刑務所の方が監督側にも受刑者にも評価が高いという調査結果は意外でした(この調査結果は事前に聞いていましたが)。いずれも勉強になる報告でした。

午後345分からのDay 2 Session Dでは PGov-Emerging Issues in Cultural Heritage Law in Asiaのセッションに参加しました。第1報告は辻雄一郎准教授(筑波大学)による“Impact of cultural heritage on Japanese towns and villages”でした。行政事件訴訟法改正による原告適格の拡張と文化財保護法改正によって日本の市町村にどのような影響がもたらされたか紹介する報告でした。文化財保護の重要性と地方財政の問題はどうしてもトレードオフにならざるを得ないのは悩ましいことです。第2報告はJonathan Liljeblad上級講師(Swinburne University of Technology)による“Navigating World Heritage in a Transition Context: The Consequences of Ethno-nationalism for World Heritage Nominations in Myanmar”でした。ミャンマーは多民族国家で世界遺産申請にも民族的利害が絡み、人権問題も容易に克服できない実態が紹介されました。第3報告は牛嶋仁教授(中央大学)による“Conserving the Old Capitals: Cultural Heritage, Regulatory Takings, and Just Compensation”でした。古都京都における文化財保護を例に、文化財指定による収用ないし財産的損害の補償について考察する内容。財産的価値と文化的価値とをどのように比較評価するかは難しい課題です。

5
時からのDay 2 Session Eでは、Ec-Corporate Governanceのセッションに参加しました。報告は2つで。第1報告は、Vivien Chen氏(Monash Business School, 報告担当者) May Cheong上級講師(Australian Catholic University, 共同研究者[欠席])による“Gender Diversity on Malaysian Corporate Boards: A Law and Social Movements Perspective”でした。マレーシアでは、世俗法としてのコモンローと宗教法のイスラム法とが並立しており、コモンローはイスラム法上の法律関係には介入できません。会社の役員に女性が増えたとはいえ、その地位にはなお問題があり、その背景にイスラム法に基づくジェンダー観があるというとの指摘。難しい問題です。第2報告は、Candice Lemaitre氏(特任助教, Monash University)による“Transfer of Business Anti-Corruption Norms in Vietnam”でした。ベトナムのグローバル企業と中小企業、公務員の腐敗に関する規範意識の聞き取り調査結果の紹介。グローバル企業の経営陣の腐敗に対する規範意識は先進諸国と変わらないものの、中小企業や公務員の不正に対する意識はなお甘く、その背景には低賃金といった構造的問題があるという内容。ベトナムの中小企業や公務員から腐敗をなくすのは容易ではなさそうです。

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時からはConference Dinnerでした。Dinnerを楽しみながら、Daniel Foote教授(東京大学)によるTwilight Keynote
 Revisiting 'The Benevolent Paternalism of Japanese Criminal Justice'”を聞きました。自らの日本法研究のこれまでの歩みを振り返り、日本の刑事司法のBenevolent Paternalismの功罪について検討。個人的には、お酒が入っていたこともあり、研究上の内容よりも昔話に興味が向いてしまったのは失敗でした。Foote教授の、平野龍一教授や団藤重光博士・元最高裁判事、井上正仁教授についての思い出話は興味深く伺いました。

ALSA2018
大会第一日目は大変勉強になりました。第二日目も頑張ります。


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