ALSA 2018 Gold Coast大会概要(その1)
2018年11月29日から12月1日まで、オーストラリアのクイーンズランド州ゴールドコースト市にあるボンド大学にてAsian Law and Society Associationの年次大会(ALSA 2018)が開催されており、これに参加するためにゴールドコースト市に来ています。ボンド大学は、3年前まで大阪大学法学部の短期訪問プログラムを実施していた場所なので、懐かしさ満載です。大会の議論も質が高く、盛会です(参加人数はのべ200人弱でしょうか)。以下では、備忘録を兼ねて、大会の概要を紹介いたします。
私が参加しているのは、11月29日の若手企画を除く、本大会2日間です。30日午前中には、開会式、Opening
Keynote、そしてDay 2 Session Bが行われました。
開会式では、大会組織責任者のLeon Wolff准教授(QUT)が開催校ボンド大学の紹介をし、それに続いてALSA会長のHiroshi Fukurai教授(UC St. Cruse)が今大会に至るまでの学会の経緯を紹介。形式的な挨拶は早々に終え、すぐにOpening Keynoteに移行しました。Opening Keynoteでは、Korean Legislation Research Institute(KLRI)のIk-Hyeon Rhee所長が“Development and Challenge
of Rule of Law in Korea”と題する講演、Melbourne Law SchoolのPip Nicholson教授(ベトナム法の専門家)がベトナムの民主集中制のもとでの「法の支配」に関する講演を行いました。韓国の「法の支配」が1990年代以降急速に進展していること、ベトナムの「法の支配」はまだまだ越えられない壁にぶつかっていること、いずれもアジアの「法の支配」の現状の紹介と受け取りました。
11時から行われたDay 2 Session Bでは PGov-Misconductのセッションに参加しました。ここは私の報告したセッションなので少し詳しく紹介します。報告者は4人。第1報告は、Sheikh
Solaiman准教授(University of Wollongong, Australia)による“Preventing Corporate Manslaughter in Bangladesh: All Barks, Little
Bite?”でした。バングラディシュでは企業の重大事故で亡くなる人が交通事故並みに多いとのこと。企業での死亡事故を防ぐために企業への罰則を強化することを提唱していましたが、重罰化で死亡事故が防げるのか、単純に過ぎるという印象をもちました。第2報告は、Naoko Akimoto助理教授(台湾・国立交通大学)による“Comparative Study on Legal Systems Handling Scientific Research
Misconduct”でした。アメリカと日本の研究不正に対する規制について報告するもので、過度に法化されたアメリカの研究不正対策と研究者と研究機関の自律性を強調する日本の対策という対比で、手続保障がある分アメリカの研究不正対策に学ぶものがあるとする結論でした。研究者のReputation Riskに依存する日本の研究不正対策には確かに手続保障上問題があると思います。第3報告は、Kay-Wah Chan上級講師(Macquarie University)による“Why Were Bengoshi
Disciplined? An Analysis of the Objectives of the Lawyer Disciplinary System in
Japan”でした。日本の弁護士会による懲戒事例を分析して懲戒の機能、とりわけ日本の弁護士懲戒独自の機能を析出しようとする試みです。アメリカの弁護士懲戒研究で明らかにされた9つの機能以外に日本の弁護士懲戒には独自の機能はあると思いますが、比較対象を拡げて考えた場合にそれが日本独自と言えるかどうかはやや疑問だと思いました。第4報告は私の“Third-Party Committee for Corporate
Misconduct: Sociological Analysis”でした。日本独自に発展してきた組織不正対応手段としての「第三者委員会」に期待される役割、社会学的にみたその機能、「第三者委員会報告書格付け委員会」の存在意義と限界について報告しました。実態調査を行ってそのデータを反映させるつもりだったのですが、まだ科研費申請をやっと行った段階で、これが実現するのはまだ先になります。いずれも興味深い報告で、質疑応答でも活発なやり取りが行われました。
午後2時からのDay 2 Session CではCrim-Criminal Justice Institutions and Civil Society in Japanのセッションに参加しました。日本の刑事司法実務とオーストラリアの刑事司法実務を比較するという企画。第1報告は、Peter Rush准教授(Melbourne
Law school)による“Monitoring Confessions: Recent
Transformations in the Laws Regarding the Audio-visual Recording of Interrogations
in Japan and Australia”でした。日本とオーストラリアにおける取り調べの録音録画と取り調べ手法の変容を明らかにしたうえで、それがもたらす司法と社会の関係の変化について検討する報告。第2報告は、平山真理教授(白鴎大学)による“The Reformed
Prosecution Review Commission in Japan: Will ‘Lay Participation’ Change the
Practices and Impact of Prosecution?”でした。裁判員制度の陰に隠れて見えにくくなった、国民の司法参加制度としての「検察審査会」の役割とそれがもたらしうる刑事司法の変容についての検討する報告。検察審査会による「とりあえず起訴」が増えることによって起訴事件の99%が有罪になるという日本の刑事司法の状況が変わりうるという主張と理解しましたが、そのための社会的コストを考えると疑問なしとは言えない主張だと思いました。第3報告は、Carol Lawson研究員(ANU)による“Civil Prison Oversight in Japan and
the Australian Capital Territory: Empirical Insights & Comparative Contests”でした。日本とオーストラリア首都特別地域における民営化された刑務所の監督を比較する内容。オーストラリア首都特別地域のものと比べて日本の民営刑務所の方が監督側にも受刑者にも評価が高いという調査結果は意外でした(この調査結果は事前に聞いていましたが)。いずれも勉強になる報告でした。
午後3時45分からのDay 2 Session Dでは PGov-Emerging Issues in
Cultural Heritage Law in Asiaのセッションに参加しました。第1報告は辻雄一郎准教授(筑波大学)による“Impact of cultural heritage on Japanese towns and villages”でした。行政事件訴訟法改正による原告適格の拡張と文化財保護法改正によって日本の市町村にどのような影響がもたらされたか紹介する報告でした。文化財保護の重要性と地方財政の問題はどうしてもトレードオフにならざるを得ないのは悩ましいことです。第2報告はJonathan Liljeblad上級講師(Swinburne University of Technology)による“Navigating
World Heritage in a Transition Context: The Consequences of Ethno-nationalism
for World Heritage Nominations in Myanmar”でした。ミャンマーは多民族国家で世界遺産申請にも民族的利害が絡み、人権問題も容易に克服できない実態が紹介されました。第3報告は牛嶋仁教授(中央大学)による“Conserving the Old Capitals:
Cultural Heritage, Regulatory Takings, and Just Compensation”でした。古都京都における文化財保護を例に、文化財指定による収用ないし財産的損害の補償について考察する内容。財産的価値と文化的価値とをどのように比較評価するかは難しい課題です。
5時からのDay 2 Session Eでは、Ec-Corporate
Governanceのセッションに参加しました。報告は2つで。第1報告は、Vivien Chen氏(Monash Business School, 報告担当者) May Cheong上級講師(Australian Catholic University, 共同研究者[欠席])による“Gender Diversity on Malaysian Corporate Boards: A Law and Social
Movements Perspective”でした。マレーシアでは、世俗法としてのコモンローと宗教法のイスラム法とが並立しており、コモンローはイスラム法上の法律関係には介入できません。会社の役員に女性が増えたとはいえ、その地位にはなお問題があり、その背景にイスラム法に基づくジェンダー観があるというとの指摘。難しい問題です。第2報告は、Candice Lemaitre氏(特任助教, Monash University)による“Transfer of Business
Anti-Corruption Norms in Vietnam”でした。ベトナムのグローバル企業と中小企業、公務員の腐敗に関する規範意識の聞き取り調査結果の紹介。グローバル企業の経営陣の腐敗に対する規範意識は先進諸国と変わらないものの、中小企業や公務員の不正に対する意識はなお甘く、その背景には低賃金といった構造的問題があるという内容。ベトナムの中小企業や公務員から腐敗をなくすのは容易ではなさそうです。
6時からはConference Dinnerでした。Dinnerを楽しみながら、Daniel Foote教授(東京大学)によるTwilight Keynote “Revisiting 'The Benevolent Paternalism of Japanese Criminal Justice'”を聞きました。自らの日本法研究のこれまでの歩みを振り返り、日本の刑事司法のBenevolent Paternalismの功罪について検討。個人的には、お酒が入っていたこともあり、研究上の内容よりも昔話に興味が向いてしまったのは失敗でした。Foote教授の、平野龍一教授や団藤重光博士・元最高裁判事、井上正仁教授についての思い出話は興味深く伺いました。
ALSA2018大会第一日目は大変勉強になりました。第二日目も頑張ります。
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