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2011.07.12

2011年豪州日本研究学会学術大会概要

201174日(月)から7日(木)まで、オーストラリア・メルボルン大学にて、Japanese Studies Association of Australia JSAA、豪州日本研究学会) 2011 Conference “Internationalising Japan: Sport, Culture and Education”が開催され、参加して参りました。もっとも、諸般の都合で参加できたのは後半2日間だけです(残念)。本大会には、オーストラリアのみならず世界各国から日本の文化や言語教育、政治学、法学の研究者が集まってきて、様々な観点から研究報告を行い、充実した学術大会でした。私自身にとって、日本のことを日本の外部から見て多くの人と議論するというのは新しい経験でした。当たり前だと思っていたことがそうではないと気付かされる、まさに目から鱗が落ちる体験の連続でした。同時並行で7つのパネルが実施されるという盛りだくさんの大会だったので、私が参加した範囲でしか大会の雰囲気を紹介することはできません。以下は私の参加したパネルの印象です。

7
6日(水)午前9時から10時半までの時間は、パネル「言語政策と人権―オーストラリアの言語政策が示唆するもの―」(日本語パネル)に参加しました。大阪産業大学の佐藤潤一准教授が中心となって組織したパネルです。オーストラリアは移民等に対する言語教育、多文化教育に大変力を入れています。本パネルでは、オーストラリアの言語政策について、最初にクイーンズランド州の例が紹介され、これに続いて日本の言語政策がどのような状況にあるのか、そして最後に憲法上の人権規定を持たないオーストラリアがどのような法的背景のもとに充実した言語教育、多文化教育を行っているのかについて紹介されました。オーストラリアの言語教育、多文化教育は「文化・言語は資源である」という考えに基づいて行われているとのこと。オーストラリアは移民国家であり、移民によって経済を発展させてきたという歴史を持っています。そのような歴史的背景を前提にしてはじめてオーストラリアの言語政策は十分に理解されるということを改めて認識しました。

モーニングティーで一休みしたあと、11時から12時半の時間は、パネル“Contemporary Trends and Perspectives in Japanese Legal Education and Legal Services Sector after a Decade of Reform”に参加しました。静岡大学の藤本亮教授、マッコーリー大学のKay-Wah Chan博士、弘前大学の飯考行准教授の3人(いずれも法社会学の研究者です)によるパネルです。パネルでは、最初に藤本教授が”Neglected Undergraduate Legal Education in Japan”なる題目のもとに、司法制度改革以降、日本では法科大学院教育に力が注がれる一方、学部レベルの法学教育の位置づけが曖昧になり、教育論議がおろそかになっているという現状について紹介され、これに続いてChan博士が“The Actual Situation of Corporate Legal Departments in Japan- Implication for Her Legal System”と題して、日本の企業法務部拡大の背景や企業内弁護士が急増しつつある現状について紹介し、企業内弁護士数の増大が企業法務部のあり方を変えるのではないかと指摘されました。最後に飯准教授が“Why Do You Practice Law Here- The Case of Japanese Lawyers”と題して報告を行い、なぜ弁護士が都市部に集中し地方に定着しないのか、その要因はどこにあるのかについて、経験的データに基づいて紹介されました。日本の学部レベルの法学教育がなぜ蔑ろにされているのか、弁護士ではない法務部員が中心となって業務を行っている企業法務部がなぜ日本で広く利用されているのか、今後それはどうなっていくのか、弁護士が地方に定着しないのは経済的理由だけなのか、他に理由があるとすれば何なのか。いずれの報告も、外国の研究者の目からみて「なぜ」と思えるような日本の問題について実証的データを示して解答を試みるすばらしい報告でした。日本の法社会学研究のレベルの高さをアピールできたのではないかと思っています。

昼食のあと13時半から15時までの時間は、Education Keynote Session “Japan’s Education Revolution: Local and Global Dimensions”に参加しました。このセッションでは、日本の大学教育の置かれている危機的状況について議論が行われました。まずUniversity of OxfordRoger Goodman教授が基調報告をされ、日本の少子化による学生数減の問題を紹介し、それにも拘わらず日本の多くの私立の短大・4年制大学の多くが生き残っている理由を紹介されました。Goodman教授によれば、学生数の激減にも拘わらず日本の大学の多くがなお生き残っているのは、短大の4年制大学化、OA入試、外国人留学生の大量受け容れ、専門職大学院、社会人大学院といった生き残り策を各大学が必死で実施しているからであるとされます。もっとも教授は、もはやそのような対応も限界にきており、早晩多くの日本の大学が閉校に追い込まれていくだろうと指摘されます。日本の大学に勤める者としては耳の痛い話です。これに対して、La Trobe UniversityKaori Okano教授とThe University of AdelaideShoko Yoneyama博士がコメントを述べ、日本の大学はもっと社会のニーズに合った対話型の教育を行う必要があること、さらに国際化教育を進めるべきであること、多文化主義教育が重要であることなどいくつかの提言をされました。

15
時からアフタヌーン・ティー。オーストラリアの日本研究者との話が弾みます。15時半からはJSAA学会の総会。私はJSAAの正規会員ではないので、この間は友人と談笑。18時からはUniversity Houseで行われたJSAA 2011Conference Dinnerに出席。この大会で出会ったいろいろな研究者と意見交換をすることができました。

7
7日(木)のセッションも充実していました。9時から10時半の時間は、パネル“Internationalising Japanese Law: Sport, Culture and Dispute Resolution”に参加しました。このパネルでは、まずBond UniversityLeon Wolff准教授が、”Japanese Law Goes Pop”なる題目のもとに、ドラマなどポップカルチャーに見られる日本法の特徴を映像を用いながら紹介し、映像のなかの法曹がアメリカ的に描かれていることを指摘されました。これに続いて、Monash UniversityMatt Nichol助教が“You Gotta Have ‘Wa’: Economic Theory- The Role of Legal Theory and Culture in Understanding Contract Players in Japanese Baseball”なるタイトルで、法と経済分析の理論を手がかりに、日本の野球選手の年俸契約の特徴を分析的に明らかにする報告をされました。日本の野球選手はフリーエージェントの権利を得て移籍する場合にも、より高い年俸を求めて移籍することはなく、したがってスカウトは特別な役割を果たすことがないという議論だったと思います(少し記憶が曖昧です)。最後の報告はUniversity of SydneyLuke Nottage准教授による“Fostering a Common Culture in Cross-Border Dispute Resolution: Australia, Japan and Asia-Pacific”でした。同報告は、豪、日、アジア太平洋諸国に共通する訴訟よりも仲裁や調停を望む共通の紛争解決文化を、国際紛争解決のために涵養することを提唱するものでした。いずれの報告も日本法の意外な側面に光を当てるもので興味深く伺いました。

モーニングティーのあと、11時から12時半までの時間は、Culture Keynote Session “How Can We Integrate Culture Into Japanese Language Education?- A Case Study of Hayao Miyazaki’s Sen to Chiriho no Kamikakushi (Spirited Away)”に参加しました。このセッションでは、日本文化教育と日本語教育をどのように統合的に結びつけるかが議論されました。基調報告者はPrinceton UniversitySeiichi Makino教授。Makino教授は、言葉は意味を運ぶ容器ないし“Form”であり、それに優れた“内容”が盛り込まれてはじめて充実した言語教育が行われるとされます。教授がそのような“内容”として好んで用いているのが「千と千尋の神隠し」なのだそうです。「千と千尋」の映像やフレーズを用いながら、生きた日本語の意味を教える教育実践を楽しそうに紹介するMakino教授の姿が印象的でした。これに続いて、NSW Department of Education and CommunitiesSally Shimada氏が初等中等教育での文化教育と語学教育統合の試みについて、またThe University of MelbourneJun Ohashi博士が大学での文化教育と語学教育統合の試みについてコメントをされました。言葉に意味を与えるのは文化であり、人々の営みそのものです。言葉が人間を形作り、その人間が言葉を紡ぎ出すのです。文化と言語は切りはなすことができないものであり、一体的に教育されるのは当然のことなのだと再確認しました。

昼食のあと13時半から15時までの時間は、パネル“Internationalising Legal Education in Japan”に報告者の一人として参加しました。このパネルでは、中央大学法科大学院の大村雅彦教授とDan Rosen教授が中央大学法科大学院における法学教育の国際化について報告され、私が大阪大学における学部レベルの法学教育の国際化について報告しました。大村報告“Fostering Internationalization at Professional Law Schools in Japan: Ideal versus Reality”は、司法制度改革の理念がどこにあり、法科大学院は当初何を目指して法曹養成をしようとしていたのか、実際に立ち上がった法科大学院は現在どのような状況のもとにあるのか、この状況に法科大学院はどのように対処しようとしているのかを大局的見地から紹介するものでした。法学教育の国際化は現状を打破するための方策の一つに位置づけられることになります。これに続くDan Rosen報告“Towards Further of Professional Legal Education in Japan”は、司法制度改革審議会意見書にある21世紀の法曹像を手がかりとしながら、本来幅広い視野と国際性を身につけた法曹の養成が法科大学院に期待されていたことを確認したうえで、実際に立ち上がった法科大学院は、司法試験の合格率が低いために、教育の国際化の余裕がなく、外国人の専任教授がいる法科大学院は日本全国で6校程度にすぎないこと、それでも短期留学プログラムなどを用いて学生に国際性を身につけさせる教育が行われていることを紹介するものでした。最後の報告は私の“Reforming International Programs in Undergraduate Schools of Law in Japan: An Example of the Undergraduate School of Law at Osaka University”でした。私の報告では、法学教育に対する企業ニーズを明らかにした上で、司法試験合格率と大学評価に縛られている法科大学院よりも自由にカリキュラム編成をすることができる学部レベルでコミュニケーション教育や国際化教育が行われるべきだと述べた上で、実際に阪大法学部で行っている短期派遣プログラムや交換留学、英語での授業などの試みについて紹介し、そのような教育がさらに充実したものになるための提言を行いました。学生に対する国際化教育の普及のためには教員自身がもっと海外との交流に力を入れるべきだと述べましたが、これは私の正直な実感です。質疑応答では、弁護士会が問題視している「法曹の質の低下」にどのように対抗していくのか、そのためには学部レベルの教育の活性化が重要になるのではないかということが議論されたほか、そもそも法科大学院をすべて廃止して従来の司法試験制度に戻した上で合格率を上げた方がはるかに多くの多様な法曹人材を得ることができるのではないかという指摘が行われ、また学部教育と法科大学院教育の効果的連携の方策などが議論されました。

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アフタヌーン・ティーで一休みしたあと、15時半から17時までは、一昨年から昨年にかけての在外研究でお世話になったメルホルン大学のステイシー・スティール先生がオーガナイザーをしているということで、パネル“Internationalising Japanese Culture: Australian Interpretation of Chadō (The Way of Tea Traditions)”に参加しました。最初にスティール先生が聞き取り調査等に基づいてオーストラリアにおける茶道の受容について紹介され、これに続いて茶道師範のMargaret Price氏が、自分が理想の茶室をオーストラリアに持つことができるまでのエピソードを紹介されました。最後に、ANUのVeronica Taylor教授が実際にお茶のお点前を披露し、フロアの参加者にお菓子とお抹茶が振る舞われました。法学のパネルとは異なる、寛げるセッションでした。

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時半kら19時まではClosing Eventでした。尺八や三味線の演奏が行われる中、軽食とワインとに促されて、多くの参加者と自由に歓談することができました。パネルセッションで議論した参加者と改めて言葉を交わす中、JSAA Conference 2011は本当にすばらしい大会だったと改めて感動がわき上がってきました。

JSAA
大会オーガナイザーのStacey Steele先生、Carolyn Stevens先生、その他のスタッフのみなさん、このような機会をお与え頂き、本当にありがとうございました。

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