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2011.03.25

日本法社会学会九州支部研究会・吉田勇先生定年退職記念企画「吉田法社会学の軌跡と展望」概要

2010319()13時から17時過ぎまで、熊本大学法学部共用会議室にて、日本法社会学会九州支部研究会・吉田勇先生定年退職記念企画「吉田法社会学の軌跡と展望」が行われ、参加して参りました。熊本大学の吉田勇教授は、地方国立大学にありながら、地道に日本の法社会学界に様々な問題提起をしてきた碩学です。吉田教授は、私が九州大学大学院法学研究科修士課程に在学していた当時からお世話になってきた恩師のお一人です。私はアメリカからの帰国翌日で疲れもあったのですが、何はともあれ馳せ参じました。

記念企画は、最初に九州大学の江口厚仁教授が企画の趣旨を明らかにした後、二人の報告者が吉田教授の業績の検討を行い、さらに休憩の後、報告者が吉田教授にいくつか質問をし、これに吉田教授が答えるとともに、フロアの参加者との間でフリーディスカッションをするという形で進められました。江口教授によれば、吉田教授の研究は初期のマックス・ヴェーバー研究、中期の「誠意」規範研究、そして最近の対話促進型調停研究の3期に分かれているけれども、教授の研究には一貫した問題意識があり、それを報告者とフロアの議論の中で明らかにするのが今回の企画の趣旨だとのこと。実際、私も吉田教授の研究についてそのような理解をしているので、興味深く議論に参加させていただきました。

第一報告は、北九州大学、九州工業大学等で非常勤講師をしている林田幸広さんによる「プロブレマティークとしてのヴェーバー『形式合理性』―『誠意規範』導出の視座―」でした。林田報告は、吉田教授の初期ヴェーバー研究から中期の「誠意」規範研究に至るまでの主要業績を検討し、吉田教授の一貫した問題意識を抽出することを目指すもの。曰く、吉田法社会学にはヴェーバーのいう「形式合理性」と「実質合理性」の対立、日本法を前提とした法の合理性(ないし法の正当性)の問い、そして「理解社会学」的手法が一貫して見出されるが、その原点は初期のヴェーバー研究にある、とのこと。法の形式的合理性を重視するヴェーバーの見方に抗して、日本的文脈にふさわしい法の実質合理性を模索していく中で、吉田教授が「誠意」規範という研究対象を見出してきたとする分析は秀逸でした。

第二報告は、愛媛大学准教授の小佐井良太さんによる「手がかりとしての『誠意』と『納得』―理解社会学の方法に基づく日本社会解明の試み―」でした。小佐井さんは熊本大学法学部、同大学院法学研究科修士課程のご出身(博士後期課程から九州大学大学院法学府)で、吉田教授の愛弟子と言ってもよい方。間近で吉田教授の研究教育の現場を目の当たりにしてきた者ならではの報告でした。小佐井報告は、中期の「誠意」規範研究から最近の対話促進型調停研究に至る吉田教授の主要業績を検討することを通じて、現在の吉田法社会学が何を問題にし、どのような方向に進もうとしているのかを明らかにしようと試みる意欲的な報告でした。曰く、吉田法社会学は、初期のヴェーバー研究以来の「形式合理性」批判の視座から法ないし裁判の限界を徹底して検証し、その中で社会的交渉規範としての「誠意」に着目していくことになるが、折しも急速に進められることになった司法制度改革論議に触発されて、日本における「法化」ないし「法の支配」の射程について問題意識を深めることになり、さらに、この問題意識から出発して、「納得」のいく紛争解決を可能にする「対話促進型調停」の研究が見出されてくることになる、とのこと。今後の「対話促進型調停」の成否は、日本社会で私的自治が涵養され、十分な「市民社会的成熟化」が実現することに掛かっているという点については、同感です。ここで一時休憩。

しばしの休憩のあと、質疑応答・ディスカッションのセッションが始まりました。このセッションは報告者による質問と吉田教授による応答、そしてフリーディスカッションの形で進められました。最初の質問は林田さんから。林田さんは、①吉田法社会学における「誠意規範」はヴェーバーの行為図式、秩序図式との関係ではどのように位置づけられるのか、②吉田法社会学にいう「正当性の信念」ないし「合法性の信念」は実質合理性の法への受け入れなのか、それとも実質合理性の形式化なのか、③実質的合理化のなかで現代日本人の主体性ないし個人の自由はどのような点に見出されるのか、④「誠意」規範や「納得」は一旦それがモデルとして抽出されると意識的な「演出」ないし戦略的利用を可能にするのではないか、といった質問をされました。これに対する吉田教授の回答は大要つぎの通り。①ヴェーバーの用いる合理的/非合理的/形式的/実質的といった秩序図式、目的合理的行為/価値合理的行為/伝統的行為/感情的行為といった行為図式による分類では「誠意規範」はうまく分類できない。②ヴェーバー正当性論は、合法性と正当性を分け、合法的支配の正当性を強調するとことに眼目がある。「正当性の信念」を分解すると、それは合法的支配の正当性とその内容的正当性とに分けられことになるが、合法的支配の正当性は専門家の素人支配に関わっている。専門家にとって合法的支配(専門的判断)が正当だとしても、素人にとってその判断内容が正当であるとは限らない。専門家は合法的支配の正当性の限界に自覚的でなければならない。③「誠意」は個人が主体的だからこそ問題になる。「誠意」は人々の主体性の表れとして位置づけられるのであり、それはまさに「自分のことを自分で決める」という個人の自由に関わっている。④「誠意ある態度」が意識的に演出され、戦略的に用いられるとすれば、それは一種の裏切りであり、人々はこれをより大きな不誠意として理解するはずである。そのような演出や戦略など人々は簡単に見抜いてしまう、等々。フリーディスカッションでは、納得/合意/理解の関係や「市民社会的成熟化」の意味、紛争解決プロセスの中での「誠意」規範の位置づけ、吉田「理解社会学」の方法としての意義、人々の主体性を描き出す記述モデルが統制のために利用されてしまうというアポリアについて、様々な意見が出されました。

二人目の質問者は小佐井さん。小佐井さんの質問は詳細なものなのでかいつまんで紹介すると、①「誠意」規範論と日本法文化論とはどのように関連しているのか、②「誠意」規範を一般化することのジレンマ(社会関係の実質を描き出す「誠意」規範モデルも一般化されてしまえばそれは形式化されてしまうというジレンマ)は突破できるのか、③「誠意」規範を記述する上での法社会学的事例研究の方法的有効性、④「誠意」規範の立場から「犯罪被害者参加制度」や「修復的司法」はどのように評価されるのか、⑤法社会学研究における理解社会学アプローチの可能性と限界、⑥「市民社会的成熟化」はどのようなイメージのものであり、またこれは普遍化可能なのか、⑦司法過疎地に「過疎地特化型ADR」を設けることは有効なのか、等々。これに対する吉田教授の回答はつぎの通り。①日本法文化論のアプローチは問題を普遍化しすぎており、しっくり来ない。「誠意」規範研究はそこまで普遍化志向ではない。②「誠意」規範は元々模索的研究の中で抽出されたモデルであり、人類学や社会学で扱われてきた「誠」ないし「誠意」研究から持ち込まれたもの。理論的一般化はあくまで仮設的・暫定的なものに留まる。③事例研究の有効性を示す一つの例として、新しい社会問題について日本で最初に扱った判例ばかりを採りあげて授業で議論するという試みを行ってきたが、これを通じて法的解決に留まらない法曹の実践知を学ぶことができた。もっとも、この実践知は一般化されるものではない。④犯罪被害者参加制度や修復的司法の導入については、司法に社会の実質的ニーズを取り込む上で有益である。刑事法学者は被疑者・被告人の権利保障の観点からこのような動きに批判的だが、日本社会の実態に見合った制度構築は重要である。⑤理解社会学には様々なものがあり、ヴェーバーのものも限定的に用いられたに過ぎない。「誠意」規範の記述モデルも一試論にすぎない。⑥「市民社会的成熟化」とは、端的に言えば自分のことは自分で決めることができる社会のことである。実際に社会がそのようになってきているからこそ「対話促進型調停」へのニーズが生じてきていると言える。⑦司法過疎地に特化したADRを造ることは重要だが、調停人をどうやって調達するかという問題は大きい。また、訴訟による法的解決を望んでいる人に、司法過疎地だからという理由で対話促進型調停しか提供されないというのでは本末転倒である、等々。最後のフリーディスカッションでは、被害者参加制度や修復的司法は日本社会の実質的ニーズを取り込んだ制度と言える一方、社会的ニーズを口実にした社会関係に対する統制強化という側面があるのではないかという指摘や、日本においては単に私的自治を充実させるというだけでは社会的ニーズに応えたことにならず、対話促進型調停の利用を促すためには何らかの社会的権威を用いることが重要なのではないかという指摘がなされたほか、新しい社会問題についての日本で最初の判例を対象とする事例研究から見出される実践知の具体的内容、対話促進型調停と裁判との距離の取り方、法曹はそもそも社会的交渉規範としての「誠意」規範について理解できているのか、彼(女)らにこれを理解させるにはどうしたらよいのか、といった議論が行われました。

今回の研究会での吉田教授を囲んでの議論を通じて、新しいテーマに飛びついていくなかで見落としかけていたいくつもの論点を再確認させていただきました。吉田教授から受けた学恩に報いるべく、改めてそうした論点についてじっくり考え、業績にしていきたいと思いを新たにしているところです。このような研究会を企画してくださった日本法社会学会九州支部研究会のみなさん、特に九州大学の江口先生、報告者の林田さん、小佐井さん、何よりも、退職前の多忙な中研究会に参加して無理難題の質問やコメントに「誠意」を持って応えてくださった吉田先生に心から感謝いたします。

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