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2011.03.17

2011年UCバークレー校ロースクール ショー・サトー・カンファレンス概要(その2)

昨日紹介させていただいたように、2011312日(土)から16日(水)まで、The 2011 Sho Sato Conference on Japanese Law “The Japanese Legal System: An Era of Transformation”314日・15日)に参加するために、アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー市に来ています。昨日で2日間の会合日程が終わりました。1日目同様2日目も大変充実していました。早速、2日目の会合での議論の概要を紹介したいと思います。

2
日目の会合も8時半からの朝食会で始まりました。朝食会でいろいろな意見交換をした後、9時半からSession 6 “The recent Issues of Medical Ethics and Law in Japan”が行われました。基調報告者は首都大学東京の我妻学教授。我妻報告は、高度科学技術が可能にした高度生殖医療と脳死臓器移植に関わる倫理的問題と法に関わる問題を、最近の日本のデータを手がかりに検討するものでした。高度生殖医療の発達によって2008年頃から特別養子縁組の件数が顕著に減っていること、臓器移植法の改正によって2010年の脳死臓器移植件数が顕著に増えていることなど、興味深い変化について紹介がありました。報告後のディスカッションでは、技術によって生ずる倫理的問題と文化の関わり、例えば、脳死臓器移植への家族の同意の問題や臓器移植のための旅行の許容性、ゲイカップルが代理母に子どもを生んでもらうことの許容性などが議論されました。

休憩を挟んで10時半過ぎからSession 7 “Emerging Privacy Issues and Solutions”が行われました。基調報告者は東京・四谷にある原後総合法律事務所の牧田潤一朗弁護士。牧田報告は、主として日弁連の議論を手がかりに、情報技術の発達によってプライバシーに関して現在の日本でどのような問題が発生しており、それについてどのような対処が行われようとしているかについて紹介するものでした。日本でも、共通認証システムの導入によって「現代のパノプティコン」ともいうべき情報監視社会が到来しようとしていること、個人情報保護法は現状を前提として見直される必要があること、情報監視社会を監視するために政府から独立したプライバシー・コミッショナーが設けられるべきことなどが指摘されました。報告後のディスカッションでは、アメリカでは情報プライバシーへの対処は個人情報保護と表現の自由との二つの側面から議論されていること、情報監視についてどのようなコントロールが可能なのか、必要以上に強固な個人情報保護は有害なのではないか、といった指摘がなされるとともに、個人情報保護法違反の場合の救済はどのような形で行われるのか、そもそも日本のプライバシー文化とはどのようなものなのかといった点について質疑応答が行われました。

Session 7
のあと昼食会。昨日同様昼食会でも講演が行われました。講演者はハワイ大学のJohn Van Dyke教授。講演題目は “The Introduction of International Law into Japan”Dyke教授の講演は、日本人が最初に出会った西欧近代法は国際法であり、幕末の開国のときに必死に学ばれたのは国際法だったこと、明治以降も日本人は国際法を通じて西欧法を学んできたということをいくつもの例を挙げながら紹介するもので、強い印象を受けました。西洋諸国に押しつけられた不平等条約によって国際法を意識せざるを得なかった明治期の日本人が、国際法を通じて西欧法の諸概念を学んだという側面があることは否定できないように思います。

昼食会に続いて、午後の部ではまず、Session 8 “Environmental and Worker Safety Law in Japan: Recent Changes, the Impact of Reform Laws and Movements, and the Prospect for the Future”が行われました。基調報告者は東洋大学の大坂恵里准教授。大坂報告は、日本における公害問題と公害に関する補償・救済の歴史を概観するとともに、じん肺訴訟、そして日本におけるアスベスト訴訟について検討するものでした。報告後のディスカッションでは、訴訟を通じた救済と国による補償制度の違いや、懲罰賠償を前提とした弁護士成功報酬制がアメリカのクラスアクションについて果たしてきた役割、クボタ旧神崎工場アスベスト被害の社会的インパクトなどについて質疑応答が行われました。

さらにこれに続いて、Session 9 “Law and Practice of Venture Industry in Japan: A Period of Transition”が行われました。基調報告者は一橋大学の宍戸善一教授。宍戸報告は、専門的な用語がたくさん出てきてよく理解できない点もあったのですが、大胆にその内容を整理すると、ベンチャーキャピタルの投資のあり方を考えるにあたっては投資自体に関わる費用便益、リスクの配分だけでなく、労働法規制や税金など投資外コストも含めて検討することが必要であり、日本の労働法規制や分かりにくい税制は理想的な投資ポートフォーリオの実現を阻害している、と問題提起する挑戦的な報告だったと言えると思います。宍戸教授が「シリコンバレーでできることがなぜ日本ではできないのか」と強調していたことが印象的でした。報告後のディスカッションでは、どのような法が投資市場に影響をおよぼすのか、最近10年の法改正で投資市場はどのように変わろうとしているのか、シリコンバレーは理想的モデルと言えるのかといった点について質問が出され、これについて宍戸教授が「法は投資市場のインセンティブ形成に関わる一要素に過ぎず、様々な社会規範を同時に考慮しなければならない」、「シリコンバレーは唯一の理想的モデルではなく、これと等価な成功モデルは他にもありうるが、日本の投資市場の問題点を浮き彫りにするモデルとしてシリコンバレーが重要であることに変わりはない」と応答。いろいろ考えさせられました。

最後に全体のまとめとしてRoundtable Panelが行われました。Roundtable Panelでは、すべてのセッションに関して三人のコメンテーターがコメントします。セッションの司会はシカゴ大学のTom Ginsburg教授。最初のコメントは弘前大学の飯考行准教授。飯コメントは、1日目のセッションで採りあげられた裁判員裁判について、実際に学生とともに傍聴したときの経験を紹介するもの。裁判員裁判の難しさについて考えさせられました。次にコメントしたのは、ペンシルバニア大学のEric Feldman教授。2日間の議論のなかで明らかになった論点についてご自身の意見を述べるコメント。Feldman教授は、日本の法システムの変化と一貫性については一貫性を問題にすることの方が重要だとし、また、社会の変化も特定の目標に向かって進むものではなく、いくつもの方向への変化が可能であること、法学教育についてもっとじっくり議論する必要があること、日本法の特殊性についての文化論的説明を敵視する傾向が興味深いことなどをコメントされました。最後のコメントは京都大学名誉教授で弁護士の谷口安平先生。谷口コメントは、ご自身の生きてきた間に女性の社会進出がどれほど進んできたかを紹介し、この点を見るだけでも日本法は大きく変化してきたとされる、趣のあるコメントでした。三人のコメントを伺い、改めてすばらしい学術会合だったという感慨を深めました。

学術会合の後は、バークレー市内の中華レストランで晩餐会。私はHarry Scheiber教授ご夫妻やGinsburg教授とゆっくり話す機会を得、大変に満足でした。

今回のSho Sato Conferenceは大変有意義な学術会合でした。このような機会を与えてくださったUCバークレー校ロースクールのScheiber教授、シカゴ大学のGinsburg教授、Sho Sato Programに関わるスタッフの皆さんに心から感謝いたします。

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