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2009.07.14

2009年7月11日(土)第5回仲裁ADR法学会大会概要

2009年7月11日(土)10時30分から17時半過ぎまで、早稲田大学・小野記念講堂にて、第5回仲裁ADR法学会大会が開催されました。今回は、仲裁ADR法学会設立5周年ということで、2つの個別報告のほかに、海外の著名な研究者を招いての国際シンポジウムが行われ、充実した大会でした。

午前の部(10時30分から12時30分)では、同志社大学の川嶋四郎教授による「ADRと救済」と名古屋大学の菅原郁夫教授による「心理学的な視点から見た調停技法の意義」という2つの個別報告および質疑応答が行われました。川嶋報告は、やや分かりにくいところもあったのですが、柳田国男『山の人生』の引用から始まり、続いて、しばしば区別せずに用いられる「権利」と「救済」を意識的に区別すべきことが提言され、さらに、両者を区別することから見えてくる多様な「救済」を実現する手段として、訴訟もADRもそれぞれの持ち味を発揮できるということ、ADRと裁判による多様な救済手段をITを使ってネットワーク化すれば、紛争解決のweb上での「総合病院化」が図れるということ、このような新たな救済構図の下で、正義のイメージは「テミス像」から「千手観音像」に置き換えられるべきこと、などが示唆されました。質疑応答では、正義の「千手観音像」モデルなどについて質問が出されました。次に行われた菅原報告は、2000年と2006年に行われた民事訴訟当事者調査の調査結果を参考に、調停技法のもつ意義とその限界について慎重かつ大胆な切り口で分析するすばらしい報告でした。民事訴訟の当事者調査では、訴訟手続に対する当事者の満足は、手続結果の有利さばかりでなく、手続の公正さによってももたらされるのであり、満足の内容はじっくり話を聞いてくれることにも向けられているということが明らかにされています。この知見に基づいて、菅原教授は、当事者は単に勝敗の結果ばかりでなく、手続の中で自分が社会からどのように扱われているか確認するということにも関心を持っており、この点は調停手続にも当てはまると指摘されます。そこから、調停で用いられるアクティブ・リスニングの技法は、調停人がじっくりと話を聴くという限りで、当事者の手続に対する満足度を高める意味があるが、他方で聴くことのもたらす調停人に対する信頼感は、不利な手続結果に対する当事者のセーフガードを弱める危険性を有しているのではないか、調停に関して議論されている対席方式と交互面接方式のどちらが妥当かという議論については、十分な調停トレーニングが行われていない現状の下では交互面接方式による調停を用いる方が望ましいように思われるが、この場合、当事者が調停人にじっくり話を聞いてもらうだけで満足してしまい、安易な和解が図られる結果にならないか、さらに、当事者の話に耳を傾けるだけで当事者の満足度が上がるとすれば、調停人が無自覚のうちに「聴く」という技法の効果を当事者の説得のために利用することになり、ひいては制度に対する人々の信頼を損なうことに繋がらないか、といった問題を指摘されました。結びとして、菅原教授は、調停人が自ら透明な存在でないことを認め、自己情報を十分に開示し、権威的にではなく当事者に関わることで、上述の問題はある程度回避されるのではないか、と示唆されました。質疑応答では、訴訟当事者調査では法人当事者と個人の当事者とで調査結果に違いがなかったかという質問(回答:両者の間に質的な違いは見られなかった)や、調査方法などについて質問が出されました(回答:シミュレーテッド・クライアントを使った質的調査などが工夫されてよい)。

個別報告のあと学会総会が行われ、昼食のための休憩を挟んで、国際シンポジウムが始まりました(14時30分から17時30分過ぎまで)。シンポジウムのテーマは「ミディエータの養成における課題」です。ミディエータの質が手続の質を決するという問題意識から、海外のミディエータ養成と比較しながら日本におけるミディエータ養成の課題を明らかにするという企画です。シンポジウムのコーディネータは京都大学の山田文教授。基調報告者として、アメリカからサンフランシスコ大学のJay Folberg名誉教授、オーストラリアからボンド大学のLaurence Boulle教授、日本から東京大学の垣内秀介准教授が報告され、最後にまとめて質疑応答が行われました。Folberg報告「ミディエータ資格の付与―市民の保護か、市民に背いた共謀か―」(Mediator Qualifications: Public Protection or Conspiracy against the Public)は、アメリカ・カリフォルニアでのミディエータ養成の現状と課題について紹介する報告でした。ここ20年間の調停利用拡大を背景に、アメリカではすべてのロースクールで調停を扱う複数のコースが提供されるに至っているそうです。とりわけ興味深かったのは、アメリカでは裁判所での調停以外、調停に免許や認証といった公的規制がないということです。カリフォルニアでは、裁判所での調停ですら、弁護士が代理人であることは要件とされていません。もっとも、ミディエータを認証する民間のボランタリーなメカニズムは存在しているとのこと。Folberg教授によれば、免許や認証といった規制を設けていなくても、ミディエータに対する苦情はほとんどないそうです。むしろ、規制を設ける場合にはメリットよりもデメリットの方が大きいという見方がアメリカでは一般的なのだそうです。ここから、アメリカでは、規制よりも競争に委ねた方がミディエータの質を確保できるという考え方が主流であることが窺われます。次のBoulle報告「完成度の高いミディエータを養成する―調停教育、トレーニングおよび認証に関するオーストラリアの視点―」(Developing the Complete Mediator: Australian Perspectives on Mediation Education, Training and Accreditation)は、オーストラリアの調停をめぐる様々な背景を紹介した上で、調停教育、トレーニング、および調停者の認証基準について検討する報告でした。Boulle教授によれば、オーストラリアでは、ミディエータの能力基準と責任について、過去30年にわたって広く議論されてきたそうです。もっとも、そうした議論を主導してきたのはミディエータ自身であり、ユーザーの視点から議論が行われてきたわけではないそうです。この議論を受けて、オーストラリアでは、国内調停者認証制度が確立されることになり、2008年から稼働しているそうです。オーストラリアの国内調停者認証制度が念頭に置いている調停モデルは自主交渉促進モデルであり、また、認証は最小限の規制として理解され、強制的な免許制とは異なるものとなっているそうです。さらに、認証は州政府が調停人団体に認証付与権限を与えるという形で運営され、連邦が関与するものではないとのこと。そのほか、認証は2年ごとに受けなければならず、認証を継続するために調停人は年2回の継続教育を受けることなど一定の義務を果たすことが求められるそうです。もっとも、こうした認証制度導入の結果、調停が利用しやすいものになったかどうかについては疑問の余地があるそうです。2009年4月に発表された最新の調停実務調査(ヴィクトリア州)によれば、調停が裁判所における紛争の終局的解決に重要な役割を果たしていることは確かだけれども、当事者はその手続のあり方に必ずしも満足しておらず、それは調停手続が法律家主導で押しつけ的に行われていること、調停技法が十分にトレーニングされていないこと、調停の利用が主として費用削減を目的としていること、などに関連しているようです。最後に、垣内報告「調停者の資質をめぐる議論の意義と諸相」は、調停者の資質・能力について議論するには、調停利用者の視点、手続提供者の視点、公権力・国の視点という3つの視点を考慮することが必要であり、これらの視点を、①利用者の関心と手続提供者の関心の均衡点を模索する位相、および②調停者の能力基準に規範的・法的問題として国がどのような態度をとるかという位相で検討する必要があるとされます。議論は多岐にわたっており、紹介は容易ではないのですが、①の位相については、調停者・調停機関の志向する理念に即した調停者資質の同定が行われているため、必ずしも利用者ニーズと調停者の資質基準が対応しているとはいえないという問題が指摘され、②の位相については、国はユーザーの調停利用被害防止に高い関心を持っており、この結果、調停者に対して一定の法的知識・能力を要求するようになり、民間調停機関の認証基準として弁護士の手続関与が求められるに至っているという問題が指摘されました。利用者ニーズが十分にくみ取られていない結果、民間型の調停手続の利用が進まず、また、「法による解決」が強調される結果、当事者交渉促進型の調停モデルの発展が阻害される結果になっているのではないかという指摘には、私も全く同感です。

3人の報告の後、休憩を挟んで質疑応答が行われました。質疑応答では、Boulle教授に対して、オーストラリアでは調停理念として当事者主導モデルが掲げられている一方で、実態としては調停人主導の手続になっているというが、これは何故なのか(回答:法律家の関与が重視されるようになってきたために、手続が調停人主導となってきている)、日本では有償で調停を行うことについて非弁規制が厳格に適用されるが、オーストラリアでは比較的に自由だと考えてよいのか(回答:弁護士でなくとも報酬をもらって調停人になることも、民間の調停手続で当事者を代理することも可能である)といった質問が出され、またFolberg教授に対して、カリフォルニア州では弁護士以外でメディエータの主要な職業は何か(回答:弁護士のほか心理学者や会計士、建築士が多い)、医療事件のメディエータには誰がなることが多いのか(回答:病院をクライアントとして長らく扱ってきた弁護士や少数だが専門的トレーニングを受けた弁護士が担当する)、調停人の報酬額と手続期間はどうなっているのか(回答:Folberg教授が所属しているJAMSの調停人報酬額は個別に決められ、時給ベースで低い場合に350ドル、高い場合に2000ドルを超える。教授自身は1日10時間勤務で6000ドルの報酬(時給600ドル)を得ているとのこと。手続期間については1日[8時間]が標準だが、2~3日かかることもあるとのこと)、カリフォルニアの認証制度は調停者個人に対する認証なのか、また調停者の質の確保のためには機関認証と個人認証のどちらがよいと思うか(回答:アメリカでは個人ベースで調停人が選任されるので、調停人個人が認証を受けることになる。質の維持との関係は分からない。調停人トレーニング機関の認証はあるが、調停人が所属する機関の認証はない)、[Folberg教授とBoulle教授両人に対して]メディエーションに精神疾患の患者が関わっている場合にはどうやって処理しているのか(回答:オーストラリアでは専門機関がメディエータの研修プログラムを設け、この研修を受けた調停人が事案に対応している。アメリカでも調停人がトレーニングを受けて対処している)という質問が出され、さらに垣内准教授に対して、アメリカでは優良な顧客を相手に民間機関が調停を行い、そうでないクライアントの事案を公的機関が扱うということで棲み分けがあるが、日本ではこのような棲み分けはないのであり、どうやって民間機関の調停利用を促進していくことができるのか(回答:お金だけがインセンティブではない。民事調停が民間調停の普及の障害になっていることはある。民事調停が扱っている一部の事案を民間機関で調停させるようにできないかどうかは一考に値する)、多様な調停においてインフォームドコンセントとしての合意を十分に実現することはできるのか(当事者交渉促進型モデルでは、手続の性質上、調停人があらかじめ手続結果についてインフォームすることはできない。ただ、それでも当該調停手続の性格や功罪についてインフォームすることは必要なのではないか)、といった質問が出され、活発な議論が行われました。

午前の個別報告も午後の国際シンポジウムも大変に充実しており、多くのことを勉強させていただきました。特に、オーストラリアの調停人養成は、私のメルボルンでの在外研究の研究課題の一つでもあります。今回の大会で受けた示唆を在外研究でさらに深めていきたいと考えております。

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