2009.07.10

2009年7月9日(木)・大阪大学「役員と若手研究者との懇談会(第4回)」概要

2009年7月9日(木)15時から17時まで、大阪大学吹田キャンパスICホール4F会議室にて、「役員と若手研究者との懇談会(第4回)」が開催され、参加して参りました。この懇談会は、大阪大学の総長、理事、監事などの大学役員と、大型科研費などで活躍している若手研究者約30名との間で、研究環境等について意見交換する企画で、大阪大学の研究力を増進するための方策を探ることを目的とする会合でした。容易にまとまりにくい大きなテーマを掲げてあったのですが、グループディスカッションのファシリテーター役のすばらしいコーディネートで充実した会合となりました。

懇談会では、理事・監事の簡単な自己紹介のあと、約40分間、4つのグループに分かれてグループディスカッションが行われました。Aグループでは研究着想について、Bグループではエフォートについて、Cグループでは研究環境とネットワークについて、Dグループでは研究費について、ブレーンストーミング的な議論が行われました。私はBグループの議論に参加しました。ちなみにエフォートとは、全活動時間のうち研究や教育に使うことができる時間の割合のことです。国立大学法人化以降、どの部局でも、処理しなければならない事務や教育の負担が急増し、若手研究者が十分な研究時間を確保することが困難になってきています。そこで、Bグループでは、どのようにして必要な研究時間を確保するかということが議論されることになりました。私自身は、効率的な時間の使い方やワーク・ライフ・バランスなどがもっと議論されるかと思ったのですが、グループでもっぱら議論が集中したのは、事務補佐員等の研究サポートのための人材をいかに確保し、充実化するかという課題でした。COEや大型科研費で事務補佐員等を雇う場合、プロジェクトベースで雇用を行うために、ある程度仕事を覚えてくれた事務補佐員をプロジェクトの終了と同時に雇い止めせざるをえず、次のプロジェクトでは全く新人の事務補佐員を雇うことになり、無駄が多いというのは大きな問題です。新人の事務補佐員雇用については、大学が「人材教育センター」のようなものを設けて、ノウハウの蓄積と継承を図っていくこと、有能な人材を送り込んでくれる派遣会社を確保すること、などいくつかの提案が行われました。もっとも、この問題に関しては、有期雇用についての法的制約もあり、決め手となるような妙案を見いだすことは困難だと思います。

グループディスカッションのあと、各グループのファシリテーターが議論の結果を要約して紹介、それに引き続いて、理事・監事からの感想・コメントが行われました。ここで他のグループの要望・提言を簡単に紹介しておきます。まず、Aグループからは、研究上の着想を得るには他分野との交流が重要だけれども、若手にそのような交流の場は必ずしも十分に与えられていないので、是非ともこれを確保してほしいこと、また十分なリフレッシュスペースがないので、そうしたインフラを充実化することなどの要望が出されました。Cグループからは、研究環境として、共同研究棟の実験装置などを利用しやすい環境を整えてほしいという要望があり、また特任助教や特任准教授の任期をもう少し長くして安心して研究に専念できる環境を整えてほしいという要望が出されました。Dグループからは、研究力の増大は研究費の獲得と直結しており、科研費申請等のサポート体制をより充実化することが重要であること、どこの部局にどのような研究者がいるのか情報の共有化を図り、大学の主導でマッチングを行えるようにすること、特に、旧大阪外大の研究者の情報をマッチングできるようにすることが大阪大学の研究力の向上にとって重要なこと、科研費を申請して不採択だった場合に全く研究ができないというような状態を避けるための資金的サポートを用意することなどが提言されました。

最後に各理事・監事からの感想・コメントが行われました。理事・監事からは、若手研究者の研究時間を確保することの重要性を再認識したこと、優れた着想を得るためには自由な雰囲気のもとで様々な分野の研究に触れることが重要であること、若手研究者が研究と無関係な雑用をこなさないですむサポート体制を作る準備を進めていること、大学のブランド力は優れた研究と人材とであり、優れた人材が集まってくる環境を作らなければならないこと、外大統合を研究力向上に生かしていく仕組みを考えることなどのコメントが出されました。最後に鷲田清一総長が、若い頃の経験談を交えて、研究を進めるに当たっては、ひらめき、ときめき、責任が必要だが、特に「ときめき」がなくなってくると、研究者の辛い側面ばかりが目につくようになってしまうのであり、是非とも若手研究者にはときめきを感じ続けてほしい、そのためのサポートをするのが大学の役員の役割であるという話をされ、これをもって懇談会が締めくくられました。

私の場合も、研究にときめきを感じる機会は減ってきているような気がします。努めて新しいことに挑戦することで、ときめきを取り戻さなければと肝に銘じているところです。

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2009.07.02

2009年6月29日(月)日弁連・法曹人口問題検討会議・報告概要

2009年6月29日(月)15時30分から17時まで、東京・霞ヶ関の弁護士会館で開かれていた日弁連・法曹人口問題検討会議にて、基調報告(および質疑応答)をさせていただきました。私ども大阪大学「法曹の新しい職域」研究会が今年3月に纏めた科研費研究成果報告書『法曹の新職域グランドデザイン構築』(研究代表者・三成賢次)が日弁連・法曹人口問題検討会議の委員の先生の目にとまり、同報告書の概要について報告して欲しいということで、講演依頼をお受けいたしました。日弁連会長はじめ、歴代の副会長や各委員会の委員長などが居並ぶ会議での基調報告ということで大変緊張しましたが、参加者の先生方のおかげで充実した議論をすることができました。2009年3月18日に日弁連が出していた「当面の法曹人口のあり方に関する提言」や日弁連市民会議が提出していた「法曹人口と法曹養成制度の問題についての要望書」などを事前に拝読し、日弁連にとって悩みの深い問題について報告しなければならないと思い、調査結果の紹介を中心に慎重に報告を進めましたが、質疑応答では多方面からの活発な質問が出され、日弁連の自由闊達な気風と議論の厚みを感じました。

基調報告では、大阪大学「法曹の新しい職域」研究会の実施した3つのアンケート調査(①全国の企業2000社を対象とする「企業における弁護士ニーズに関する調査」、②大阪弁護士会会員のうち1500名を対象とする「弁護士業務に関するアンケート調査」、③全国の企業内弁護士259名を対象とする「組織内弁護士の業務に関するアンケート調査」)の弁護士業務に関わる分析結果を比較検討し、その上でわが国における法曹の適正人口に関わる提言をさせていただきました。私が報告で述べた趣旨は、3つのアンケート調査の分析結果を比較すると、一見、日本の企業の多くは訴訟を中心とする従来型の業務しか弁護士に期待しておらず、多様な法的サービスの担い手については弁護士以外に求めようとしているように見えるけれども、よりよく分析結果を検討すると、潜在的ニーズとしては弁護士に対する予防法務ニーズも決して小さなものではなく、そうしたニーズを顕在化させていけば弁護士の業務拡大は十分に期待できること、そして、企業内弁護士は企業における新しい弁護士業務の開拓をリードしているように思われるということです。これとあわせて、企業での潜在的弁護士ニーズを顕在化させるための方策について若干の提言をさせていただきました。

質疑応答では、企業内弁護士として経験弁護士ではなく新人弁護士が急増している現状をどう捉えるか、日本のこれからの法曹像についてどのように考えていけばよいのか、隣接法律専門職との関係は今後どのように構築していけばよいのか、法科大学院にはどのようなことができるのか、といった答えにくい質問がいくつも出されました。いろいろやり取りがあったのですが、一番重要な質問は潜在的な弁護士ニーズの顕在化戦略についての質問だったと思います。私は、潜在的な弁護士ニーズを顕在化させるためには、現在急増している企業内弁護士が企業法務の現場で存在感を発揮できるようになることが重要であり、そのためには弁護士会等を通じた横のつながりによって新人弁護士であっても一般従業員にはできない充実した業務をこなすことができるようにサポートをすることが有効なのではないか、と考えています。法科大学院はそれを側面から支援することができると思います。企業内弁護士のネットワークとしてはすでに日本組織内弁護士協会がありますが、新人が先輩弁護士に気楽に質問し、アドバイスを得ることができるような横のネットワークに発展していけば、あるべきイメージに近づいていくのではないかと思います。そのようなネットワーク化が実現すれば、「たとえ新人であっても弁護士は使える」という印象を企業に持ってもらうことができ、それによって企業の潜在的弁護士ニーズが顕在化され、さらにそれが企業内弁護士を雇っていない企業にも広がっていくというようなことを考えております。

いずれにしろ、将来に繋がるよい方向の議論になったと思っております。このように有意義な意見交換の機会を与えていただいた法曹人口問題検討会議の委員の先生方に心から感謝いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2009.06.26

2009年6月25日(木)交渉教育研究会概要

2009年6月25日(木)18時30分から20時30分まで、上智大学四谷キャンパス2号館法学部大会議室にて、定例の交渉教育研究会が開催されました。今回は議題がたくさんあり、議論を2時間に収めるのが難しかったのですが、座長の野村美明・大阪大学教授の切り盛りで、どうにか時間内で会議が終わりました。

まず特に時間を割いて議論されたのは、今年の12月5日(土)、6日(日)に予定されている第8回大学対抗交渉コンペティションの問題についてでした。すでに今年2月のシンポジウムで、今年度大会のテーマが「テーマパーク」であることは公表されています。今回の研究会では、さらに具体的な内容まで検討が進められました。今年度のコンペでもワクワクするような問題が出題されそうです(以下略)。次に、来年3月に予定されている(詳細日程未定)大学対抗交渉コンペティション・シンポジウムの企画が検討されました。今年度もまた「法教育」がキーワードになります。これまでと異なり、今年度は参加校の学生や引率・指導教員に限らず、他学部教員や小中高の教員、企業関係者なども幅広く招いて実践的法教育の一環としての交渉教育の普及に努めたいという野村教授の希望が伝えられました。

以下は報告事項ですが、今年4月に野村教授などが中心になって、NPO法人グローバルリーダーシップ・アソシエーション(GLA)が設立されました。GLAは、地域や世界で公共的価値のために活躍する倫理性の高いリーダーを育てること、個人がよりよく生きるための自己変革を促すこと、ひいてはよりよい社会への変革をもたらすことを目標として設立され、社会人向けリーダーシップ講座を開講したり、交渉ワークショップを開催したりすることを具体的な活動内容にしています。いま変革の必要なわが国で本物のリーダーが育たない現状を打破しようとする試みで、私自身GLAの趣旨に賛同しております。最後に、今年度日弁連法務研究財団の助成を受けて本格的な研究活動を開始している研究プロジェクト「模擬交渉を中核とする実践的法教育の研究」について報告がありました。これまで、交渉教育研究会では、法学部や法科大学院の学生にハイレベルの交渉教育を施し、世界の一流の実務家たちと対等に渡り合える人材を育てる方策について研究してきましたが、「模擬交渉を中核とする実践的法教育の研究」では、小中高校生や一般市民などに交渉教育の裾野を広げ、自由で公正な社会の担い手となる交渉や議論ができる責任ある自律型市民を養成することを試み、ボトムアップの形でわが国における交渉教育のレベルを押し上げていくための方策を研究することが構想されています。研究組織のメンバーは、これまで法教育に取り組んでこられた研究者や外国語で交渉教育を行ってきた外国語教員、これに交渉教育研究会メンバーが加わる形で構成されます。この研究会の今後の研究活動がどのように展開されるか楽しみです。

小中高校生や一般市民に理解が広がっていかないと、わが国に実践的法教育は根付いて行かないと思います。他の市民団体等による法教育の試みともタイアップして実践的法教育の輪を広げていくことが重要になると思っております。

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2009.06.23

2011年度学術大会企画ブレインストーミング会合概要

2009年6月20日(土)15時から18時すぎまで、大阪大学大学院法学研究科中会議室(法経総合研究棟4F)にて、2011年度学術大会企画ブレインストーミング会合を開かせて頂きました。私は、コンプライアンス業務をはじめとする法曹の新しい職域を2011年度の日本法社会学会学術大会のテーマとして提案したいと考えています。再来年度の企画テーマを議論するのは少し早いようにも思えますが、8月末から私がオーストラリアで1年間在外研究することから、企画の検討を前倒しで実施させて頂きました。企画プランの検討をお願いした先生方それぞれの関心が高かったこともあり、充実した会合になりました。

まだプランが固まっていない段階なので詳細な紹介はできませんが、会合では、2011年度学術大会の企画について、大要つぎのようなプランが話し合われました。まず、2011年度の統一シンポジウムのテーマとしては、法曹の新しい職域を採り上げたいということ、この学術大会で法曹の新しい職域について議論する趣旨は、戦後日本の弁護士像を出発点として、1980年代ごろから急速に進んでいるグローバルな法構造の変化に対応してわが国の弁護士像がどのように変わろうとしているのか、その変化の要因は具体的に何であるのか、弁護士の新しい職域という観点からこの変化はどのように捉えることができるのか、そしてこの変化はどこに向かっていこうとしているのかを議論することにあること、統一シンポジウムの対象としては、法曹の職域の大きな変化が、コンプライアンス業務をはじめとする企業における新しい弁護士業務に牽引される形で進んできていることに鑑み、企業を対象とする弁護士の新しい職域を主として議論の対象にしたいということ、企画関連ミニシンポジウムとしては、①「司法過疎地の法的ニーズと弁護士の新しい職域」、②「隣接法律専門職と弁護士の新しい職域―利用者ニーズとの関係で―」(いずれも仮題)を採り上げ、統一シンポジウムとの間でバランスを図る、といったプランが話し合われました。

検討のためにお集まりいただいた先生方のおかげで、どうにか2011年度の研究企画の方向が見えてきたような気が致します。引き続きよろしくお願い致します。また、ブログをご覧のみなさま、大会の成功に向けて、ご指導ご鞭撻よろしくお願い致します。

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2009.06.19

2009年6月19日(金)大阪大学リーダーシップ教育研究会第6回会合概要

2009年6月19日(金)13時から15時まで、大阪大学豊中キャンパスOSIPP棟6F会議室にて、大阪大学リーダーシップ教育研究会第6回会合が開かれました。会合では、まず、①研究会代表の野村美明・大阪大学国際公共政策研究科・高等司法研究科教授からNPO法人グローバルリーダーシップ・アソシエーション(GLA)の設立が報告され、続いて、②今年の10月17日(土)18日(日)に実施が計画されている社会人講座「企業・自治体・法曹・一般市民のためのリーダーシップ訓練プログラム」(仮称)の企画の検討が行われ、最後に、③これから人選を進めるGLA評議会について若干の説明が行われました。

今回の会合で主として議論が行われたのは②についてです。この社会人講座では、これまでグローバルリーダーシップ・プログラムで学生対象に行ってきたセミナーやワークショップの成果を2日間に凝縮して伝えようというのです。しかも、実務経験を積んだ社会人を対象に授業を行うのです。受講者に満足してもらうためには相当な工夫が必要です。検討の結果、第1日目には、グローバルなリーダー3人による講演を通じて「他人を観察する」ことからリーダーシップについて学び、第2日目には、理論を踏まえた上で、2つのセッションでcase in point discussion(参加者自身に失敗経験を語ってもらい、議論を通じて問題点に気付いていく試み)を行い、「自己を観察する」ことからリーダーシップについて学ぶ、ということで企画を立てました。今年度の社会人講座はあくまで実験的な試みですが、来年度以降に繋げていくためにはこれを成功させることが必要不可欠です。これからいろいろな準備が必要です。社会人講座が是非とも成功するよう祈っております。

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2009.06.16

2009年6月13日(土)日本法社会学会関西研究支部研究会概要

2009年6月13日(土)13時から、同志社大学光塩館会議室にて、日本法社会学会関西研究支部例会が開催されました。今回は若手の研究報告と、一昨年に出版された研究書の著者による内容紹介および評者によるコメントで、大変充実していました。議論は多岐にわたっており詳細な紹介はできません。ここではアウトラインのみ紹介したいと思います。

最初に行われた研究報告は、神戸大学大学院法学研究科博士前期課程の中山和彦さんによるご報告「協働決定としてのインフォームド・コンセントへ向けて―ALSとともに生きる人の経験をてがかりとして―」でした。中山さんは、インフォームド・コンセントの目的を医師と患者のコミュニケーションを通じて両者の間で了解と責任の分担を図ることに見いだし、医師と患者の関係は本来協働関係として捉えられるべきだという問題意識から研究を進め、主治医の協力を得て、ALS患者数名のインタビューを実施しておられます。今回の報告は、そのインタビューの分析を通じて、医師と患者の相互行為過程を描き出すという試みでした。まず、ALS初期における「体の変調には気づきつつも病気だとは信じたくない」という思いが表れる患者の病気探索行動、次に患者が慢性的な変調を通じて「病気である」ということを認識する過程、さらに患者が逡巡しながら制度的医療を受け入れる過程、医師からALSであるという告知をされ受け入れる過程、そしてALSが進行した段階で人工呼吸器の装着を受け入れる(拒否する)過程を描き出し、そうした描写を通じて、病気の対処過程は患者の日常的世界と制度化された医療の世界との二重性をもつこと、治療を進めるにあたっては患者の日常的世界に対する配慮が不可欠であり、その結果医師・患者関係は多かれ少なかれ双方向的・協働的関係になるという傾向があることを明らかにされました。ディスカッションでは、「患者」とはどのような存在なのか、「病者」であることと「患者」であることはどのように異なるのか、いかにして「患者」という存在は社会的に構築されるのか、そもそも「病気」とは何なのか、といった医療に関わる根本問題が議論されました。いずれにしても、これからの発展が期待されるすぐれた研究だと感じました。

次に行われたのは、東京経済大学非常勤講師の越智啓三さんによるご著書の紹介報告および神戸大学大学院法学研究科教授の樫村志郎さんによる書評的コメントでした。越智さんが紹介されたのは、2007年に東京大学出版会から出版された『家族協定の法社会学的研究』でした。本書は、越智さんが長年続けてこられた「家族協定」についての研究を纏めたられた大部の著書です。越智さんはこの研究で東京大学から博士号(論文博士)を授与されていますが、その博士論文本体はさらに大部だったとのこと。ちなみに、「家族協定」とは、農業者の親子や夫婦間で労働時間や給与などについて文書で取り決めをすることです。日本では、1960年代ごろから、若手農業者の離農を防ぐための方策として導入され、次第に広がってきたと言います。越智さんは、日本で最も早くから家族協定が導入されてきた高崎市をフィールドに家族協定に関わるありとあらゆる資料を収集され、分析しておられます。この点、日本では、
家族間で契約を結ぶことに抵抗感を感じる人が多いとされます。川島武宜は、これを日本人が契約によって権利義務を明確化することを好まないことの表れとして説明しましたが、越智さんはこの「抵抗感」に川島とは異なる契機を見いだされます。すなわち、人が家族間の契約に抵抗感を感ずるということは、そのような契約を締結することに何らかの拘束力を感じているということです。越智さんはこの拘束力がどこに由来するのかを模索されます。そして、それが、家族協定の締結過程および保管方法において、農業委員や農業改良普及員といった第三者が関与することが多いという事実と関わっているのではないかということを指摘されます。そこから、家族協定は、農業委員や農業改良普及員といった第三者の関与のもとで締結され、また彼らがその協定書を保管するということから、むやみに反故に出来ない、ある程度は尊重せざるを得ない拘束力をもつ独自の契約として発展してきたという結論を導き出されます。越智さんが見ているのは、国家による強制によって担保されるわけではない、「ことばと行為のかたい結合」に基づく契約の独自の拘束力です。本報告における越智さんの指摘の鋭さには唸らせられました。この報告に対する樫村コメントは、単なる書評コメントの範囲を超えて、わが国の法社会学の「法意識論」に対するインパクト、契約理論や「法とは何か」をめぐる議論に対するインプリケーションの検討に及ぶ広範なコメントでした。ディスカッションでは、国家法とは関わらない独自の拘束力をもつ契約とは慣習法のようなものなのか、この契約は紛争解決に用いることができるようなものなのか、社会から規範が導かれるのかそれとも規範ないし行為の集積が社会となるのかといった原理的な問題が議論されました。

今回の研究会でも、いろいろ示唆を得ることが出来ました。法社会学はまだまだ奥の深いものだと痛感させられました。

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2009.06.09

大阪大学企業コンプライアンス研究会平成21年度第1回会合概要

2009年6月4日(木)18時から、大阪大学大学院法学研究科中会議室にて、平成21年度大阪大学企業コンプライアンス研究会第1回会合(科研費基盤研究(B)「コンプライアンスのコミュニケーション的基盤に関する理論的・実証的検討」第1回研究会)が開催されました。今年度の研究方針を決めるための重要な会合ということもあり(事前打ち合わせの参加者も含めると)研究メンバーがほぼ全員参加する充実した会合になりました。

このブログ上でははじめて紹介することですが、私(福井康太)は今年の8月末から1年間オーストラリアのメルボルン大学に在外研究のために赴任する予定です。そこで、会合では、私が不在の間にどのように研究を行うかを中心に議論が進められました。若干紹介すると、まず、今年度の後半に私が一時帰国する時期を睨んで科研費ワークショップを開催することが決まりました。本科研費研究は、コンプライアンス担当者と現場との活発なコミュニケーションを通じた法的リスク認識の共有がコンプライアンスのパフォーマンスを上げるために必要不可欠であるという理論仮説に立っているのですが、この観点から、今年度ワークショップの基調講演の候補者を絞り込ませていただきました。また、来年度実施予定のアンケート調査の準備のために今年度に特任研究員を雇用することも承認されました。ちなみに、本科研費で実施予定のアンケート調査としては、具体的な設計はこれから進めるのですが、次のような2種類のアンケートを実施し、両者を比較検討したいと考えております。まず、コンプライアンス担当者(決まっていない場合には総務ないし経営者自身)を対象に、事例を用いて法的リスク認識とリスク対応の望ましいあり方について質問する。その際に、対象企業に従業員対象の調査に協力してもよいかどうか回答を求める。そして、これに協力してもよいと回答した企業を対象に、同様な事例を用いて、現場の従業員がどのように法的リスクを認識し、どのような対応が必要であると考えているかについてアンケートを実施する。以上の調査結果が出た段階で、コンプライアンス担当者と現場との間での法的リスク認識や求められるリスク対応についての認識のギャップを明らかにし、これを手がかりに望ましいリスク対応窓口設計や専門家の関与のあり方について検討するということを考えております。

本科研費研究もまた充実した内容の研究にしていきたいと思っております。皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

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2009.05.15

2009年度日本法社会学会学術大会概要

2009年5月9日(土)・10日(日)の2日間、明治大学駿河台キャンパス・リバティータワーにて、2009年度日本法社会学会学術大会が開催されました。今年度の大会もまた、同時並行で4つのミニシンポジウム・個別報告分科会が進行する(全部で9つのミニシンポジウムと3つの個別報告分科会、1つのポスターセッション)、盛りだくさんの大会でした。全体シンポジウム・企画関連ミニシンポジウムのテーマが裁判員制度に関わるタイムリーなテーマだったこともあり、大盛会でした。私は、学術大会運営委員の一人として、また9日午後のミニシンポジウム③「企業における弁護士ニーズと法曹の職域」のコーディネーターおよび報告者として参加させて頂きました。たくさんのセッションのすべてを紹介することはできません。私が参加した範囲で大会の概要を紹介したいと思います。

9日(土)の午前の部では、私は個別報告分科会Bに参加させていただきました。個別報告分科会の若手の報告からはいつも多くの示唆を受けます。最初の報告は弘前大学人文学部准教授の飯考行さんによる「日本における裁判官の弾劾と不再任の関係」でした。飯さんの報告から、裁判官に対する国民の目が厳しくなってきていることを受けて、裁判官の再任審査が厳しくなり、それと並行して弾劾手続でも厳罰化が進んでいるという状況が理解されました。第2報告は早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程の小湊真衣さんによる「時効の存在理由に関する心理学的一考察」でした。小湊さんの報告は、川島武宜『日本人の法意識』(岩波新書・1967年)第3章「所有権についての意識」に見られる、「人のものを借りて占有を続けていると、何となく自分のもののような気がしてくるし、他方、貸した側も次第に自分のものであるようなないような気分になってくる」という、事実と規範の「なしくずし」的連続現象が本当に認められるのかどうか、児童や学生、主婦に対してアンケートを実施した調査結果の報告で、目から鱗が落ちるような刺激的な内容の報告でした。小湊さんのアンケート調査によって、実際にそのような意識が生じることが確認されました。この調査結果が取得時効の存在理由に関する議論に直接に影響を及ぼすことはないにせよ、取得時効制度が人間の心理学的傾向と重なり合うところがあると指摘することには意味があると思います。第3報告は名古屋大学大学院法学研究科特任講師の荒川歩さんによる「論点の自由な設定が評議に与える影響」でした。荒川さんの報告は、裁判員裁判の評議に際してあらかじめ争点を絞り込んだ方がよいのか、自由に議論させた方がよいのか、それとも、ある程度議論が進んだ段階で争点を絞っていくのがよいのかについて、模擬的な評議体を組織して比較調査を行った結果の紹介でした。調査結果から、「裁判員による評議では、裁判員に論点を自由に設定させて議論させるよりも、最初にある程度争点を整理して絞り込んで議論させた方が裁判員の満足度が高く、また裁判員が正しい判断をしたと実感することができる。他方、自由に議論させたあとで争点を絞るやり方は最も満足度が低く、正しい判断をしたという実感にも乏しい」ということが分かったそうです。この調査結果は、裁判官主導の評議の方が裁判員の負担感が少なくなり、評議を進めやすいという見解を支持するものですが、評議をそのように進める場合に裁判員の自由な視点が排除されないようにする工夫は必要ではないのかと思いました。

9日の午後の部では、私はミニシンポジウム③「企業における弁護士ニーズと法曹の職域」でコーディネーター兼報告者を務めさせていただきました。このミニシンポは、2007年から08年にかけて大阪大学の研究グループが実施した3つの実態調査、すなわち、全国の企業を対象に実施した「企業における弁護士ニーズに関する調査」、大阪弁護士会会員を対象に実施した「弁護士業務に関するアンケート調査」、全国の企業内弁護士を対象に実施した「組織内弁護士の業務に関するアンケート調査」の調査結果を紹介し、弁護士の新しい職域に関する意見交換をフロアの参加者と行うことを目的に企画させていただきました。最初に私が企画の趣旨と全体の概要を説明し、引き続いて私が「企業における弁護士ニーズ調査に見られる弁護士業務の傾向について」なるタイトルで報告させていただきました。これは「企業における弁護士ニーズに関する調査」の集計結果と分析を紹介するものです。さらに、これに引き続いて、西日本短期大学の福井祐介さんが「弁護士対象調査から読み取られる弁護士シーズと弁護士業務の新領域」なるタイトルで報告されました。これは「弁護士業務に関するアンケート調査」と「組織内弁護士の業務に関するアンケート調査」の集計結果と分析を紹介するものです。二つの基調報告の趣旨は、弁護士の職域は、訴訟を中心とし社会正義志向の強い従来型の弁護士業務からビジネス志向で予防法務を中心とする新しい業務に向けて拡大しつつあるという作業仮説を立て、これを検証するというものです。もっとも、実施した調査によるかぎり、この作業仮説にあてはまるような先端的業務に弁護士を使うつもりがあるのは組織内弁護士を雇うような一部の大企業のみで、大半の企業は従来型の業務しか弁護士に期待していません。そこで、弁護士の職域拡大という観点からは、多くの企業にビジネス志向の予防法務領域で弁護士が提供できるシーズに関心をもってもらう必要があること、実際にそれらのいくつかの弁護士業務についてはかなりの企業が関心を持ちはじめていることを指摘させていただきました。それから休憩を挟んで、弁護士で桐蔭横浜大学教授の大澤恒夫さんと大阪大学の同僚である仁木恒夫さんにコメントを頂きました。大澤コメントは、弁護士は企業の日常におけるオン・ゴーイングのビジネスをサポートするのでなければならず、そのために弁護士は常に現場目線で業務を行うよう心がけるのでなければならないということを強調するコメントでした。仁木コメントは、企業の多くが「弁護士を利用する仕事がない」という認識にあるということは、むしろ弁護士に対する潜在的ニーズがあるということを意味しうること、弁護士は他の隣接専門職と競争関係にあるというよりは協働関係にあり、専門職同士の連携をコーディネートすることが弁護士の重要な役割であること、組織内弁護士をこれからの弁護士のあり方の主要なモデルとする場合には、弁護士の独立性をどのように確保するかを真剣に考えなければならないこと、などを指摘するものでした。フロアとの質疑応答でも多くの方から様々なコメントや質問を頂きました。そこでは、企業の現場を知らなければ企業相手の仕事は困難であること、小規模事務所の勤務弁護士と大企業の組織内弁護士とを単純比較するわけにはいかないこと、企業内弁護士がやっているような契約書作成や審査業務を開業弁護士も日常業務にしつつあること、弁護士は経営者と上手に対立することができなければならないこと、などの示唆を得ました。この場を借りて、参加者の方々にお礼を申し上げます。

10日の午前の部では、私はミニシンポジウム⑧「法化社会における紛争処理と民事司法:訴訟行動調査班からの報告」(コーディネーター:ダニエル・フット教授[東京大学]※病気により欠席)に参加させて頂きました。明治大学の村山眞維教授を研究代表者とする科研費特定領域研究「法化社会における紛争処理と民事司法」研究グループの訴訟行動調査班(C班)は、最高裁事務総局の協力の下に、全国50地域において、各地裁の事件数に比例した民事事件を抽出して事件記録を閲覧し、原告・被告当事者の属性や事件特性などについて明らかにするとともに、それらの原告・被告当事者にアンケート調査を実施し、さらに全国から1000人の一般人に対するインターネット調査を実施しています。このミニシンポでは、同訴訟行動班の実施した一連の調査結果が紹介されました。まず、桐蔭横浜大学法学部教授の河合幹雄さんが「訴訟の活発な業界と企業があるか」という報告をされました。河合報告によれば、原告として登場数が多いのは不動産関係の法人、クレジット会社、都道府県などで、事件内容は不動産の明け渡し請求や貸金返還請求がほとんどのようです。被告として登場数が多いのは圧倒的に個人で、法人はクレジットカード会社や信用保証会社などだそうです。一部の大企業は原告として訴訟を多用しているけれども、同じ業界であっても訴訟をほとんど利用しない企業もあるというのは、興味深い示唆だと思います。次に、東京大学大学院法学政治学研究科教授の太田勝造さんが「民事訴訟をめぐるイメージ―紛争、交渉、裁判、法律家とイメージ―」という報告をされました。太田報告では、民事裁判は公正だがコストがかかるため回避したいというイメージであること、裁判所のイメージは悪いとは言えないが、必ずしもよくはないということ、弁護士のイメージについては、弁護士の相互評価によれば、相手方弁護士に対する「礼儀正しい」という評価が高いが、依頼者は相手方弁護士により厳しい評価を下しており、さらに一般人は総じて弁護士に対してあまりよいイメージを持っておらず、とりわけ比較的高年齢でリーガルマター経験のあるグループで弁護士イメージが非常に悪い、という気になる調査結果が明らかにされました。これに続いて、東京大学法学政治学研究科准教授の垣内秀介さんが「民事訴訟の機能と利用者の期待―一般人調査および当事者調査(原告)の比較を中心として―」という報告をされました。垣内報告では、訴訟制度に対する一般人の抽象的な期待と現実の訴訟利用者の当該訴訟に対する期待とは異なっており、その差異は訴訟に対して「相手との話し合い」、「関係修復」といった機能を期待するかどうかという点に特に表れていること、そのような差異は単に訴訟制度に対する経験・知識の差に由来するものではなく、むしろ期待の内容が現実の具体的事件、とりわけ特定の相手方を想定して形成されているかどうかによると考えられることなどが明らかにされました。続いて、大阪府立大学教授の和田安弘さんが「一般人の訴訟イメージから見えてくるもの」という報告をされました。和田報告では、裁判を利用した経験のある人の方が未経験者よりも裁判の煩わしさ感が少ないこと、裁判にとって楽観的なイメージを持っている人は比較的に裁判利用に抵抗が少ないこと、女性の方が裁判をより重いものと受け止め、弁護士による配慮を求める傾向があり、また弁護士を選ぶに際しても女性の方がより大きな負担を感じることなどが明らかにされました。その次の報告は、関西学院大学法学部教授の守屋明さんの「『訴訟上の和解』の成立における弁護士の役割―事件類型と弁護士の訴訟関与を中心として―」でした。守屋報告は、訴訟上の和解をもたらす要因としては、代理人付きの当事者については、代理人弁護士による和解の勧めが大きく、これが裁判官による和解勧試と相俟って多くの当事者が訴訟上の和解に応ずるに至っているといったことについて、事件類型の差異等を考慮しながら明らかにする報告でした。事件類型ごとの傾向としては、貸金関係事件は判決で、交通事故以外の損害賠償事件は和解で終結する傾向が見られるそうです。さらに、弁護士が社会的責務や公益性を考えて受任した事件ほど和解で終結する場合が多いという傾向も見られるそうです。その次の報告は、名城大学法学部准教授の前田智彦さんのご報告「裁判・司法制度に対する一般人の評価―インターネット調査の結果にみるシナリオ内容以外の評価要因―」でした。前田報告は、一般人の民事裁判イメージとしては、まずコストがかかるという一致したイメージがあり、また、裁判官や裁判所についてはやや肯定的なイメージがあるが、「裁判に関わること自体がなんだか怖い」と感じる人が多いということ、こうしたイメージの背景にある因子としては「信頼感」、「コスト」、「恐れ」の3つの因子を抽出することができ、コスト因子ではなく信頼感因子と恐れの因子が相俟って裁判所に対するイメージを作り出していると考えられることなどを明らかにしています。さらに、攻撃性や性差観(男はこういうもの、女はこういうものといったステレオタイプの見方をする)といった態度が弁護士利用や裁判所利用にどのような影響するか調べ、シナリオ設定によって統計的に有意に相関が異なってくることなどを確認しています。性差観の強さは、夫から妻への家庭内暴力というようなステレオタイプ的ケースで、「離婚すべき」という判断をいくらか抑制する方向で作用するのだそうです。このセッションの最後の報告は、専修大学教授の神長百合子さんによる「司法統計上のジェンダーに関する統計項目の必要性」でした。神長報告によれば、科研費特定領域研究訴訟行動調査班の調査を通じて、女性は男性に比べて訴訟行動に大きな負担を感じ、また弁護士を探すのも容易ではなく、女性と男性の性差が統計的有意に大きい項目が多数見いだされることを指摘し、「司法統計にジェンダーに関する項目を設けて欲しい」と提言する報告でした。このセッションは内容が盛りだくさんで、それを咀嚼するだけでも大変でしたが、このセッションに参加して、民事訴訟や弁護士等のイメージ、判決や和解などの背景にある様々な要因相互間の相克がおぼろげに理解できたような気がします。

10日午後は全体シンポジウムでした。今年度の全体シンポでは、裁判員制度の導入を目前に控えて、もういちど刑事司法のあり方を大局的な観点から問い直そうということで、「刑事司法の主体を問う―裁判所・検察と市民参加―」というテーマが設けられました。最初に、今年度の大会企画委員長である桐蔭横浜大学教授の河合幹雄さんが、「刑事司法の大転換」なる基調報告で、シンポジウムの企画趣旨説明と問題提起をされました。河合さんによれば、日本の伝統的な刑事司法は、裁判所が形式的にルールを適用して犯罪者に刑事罰を課するというようなものではありませんでした。そこでは、検察・警察の主導のもとに、真にやむを得ない情状の場合に限って犯罪者に厳罰を課し、それ以外の場合には民間の力を借りて出来るかぎり犯罪者の更正を図っていくということが行われていました。しかし、いまやそのような官民協働を支えていた社会共同体はなくなりつつあります。刑事分野での司法制度改革はまさにこのような背景のもとに行われているというのです。河合さんによれば、裁判員制度導入を中心とする今般の刑事司法制度改革は、刑事司法の主体を検察官から裁判所に移し、そこに一般市民が参加することで、新たな官民一体型の刑事司法体制を構築するということにあるとされます。主張の当否はともかくとして、非常に斬新な問題提起でした。次に、日本経済新聞論説委員の安岡崇志さんが、「新聞から見た司法と国民の関係、そしてその変容」というタイトルで報告されました。安岡さんは、裁判員制度導入についての新聞各社の論調を紹介したうえで、従来の日本人は司法の「カフカ的状況」(権威主義と無責任が横行し正義が実現されないというようなことでしょうか)に従順な「権威主義的直系家族」(人類学者E・トッドによる)の特徴を示していたけれども、いまはそのような特徴を支えてきた社会基盤に亀裂が入り始めているのではないか、国権の市民への委譲ともいうべき「司法への国民参加」の動きは、従来型の権威の崩壊の裏返しなのではないかと問いかけをされました。これに続いて、慶應義塾大学教授の伊東研祐さんが、「刑事司法の主体を問う―検察・裁判所と市民参加―ある刑事実体法専攻者の印象」という報告をされ、一人の刑法研究者として、刑事裁判を見せ物化し、復讐劇に転化しかねない被害者保護法制や裁判員制度に対する危惧感を拭い去ることは出来ないし、なによりもこの制度のもとで被害者vs加害者という側面が強調されることによって国家の役割が脇役化されること、さらに犯罪者の社会復帰が妨げられることを懸念するとされました。伊東報告に続いて、東京大学のダニエル・フット教授(病気により欠席)の報告趣旨について河合幹雄さんが紹介されました。河合さんによれば、フットさんの報告趣旨は大要次のとおりです。日本の裁判所は一見すると政策形成に消極的に見えるが、実は「解雇権濫用法理」(ボトムアップ)、「刑事事件の再審基準」、「法人格否認の法理」(トップダウン)、「民事交通訴訟の過失相殺率の認定基準」、「破産制度」(組織的政策形成)などについて積極的な政策形成を行ってきたのであり、司法畑に属する事項については積極的な政策形成を行ってきたという印象がある。しかし、刑事司法においては、「刑事事件の再審基準」(無罪相当の事実があれば再審事由にあたるとする基準)を除けば裁判所の政策形成はあまり行われているようには思われない。刑事司法領域の政策形成は主として検察・警察が担ってきたように思われる。裁判員制度はこのあり方に変更を迫るものである。裁判員制度の導入で裁判所のこの消極的態度は変わろうとしているのだろうか。河合さんの紹介によれば、以上がフットさんの問題提起です。休憩を挟んで、元福岡高裁長官で学習院大学教授の龍岡資晃さんが報告全体に対するコメントをされました。龍岡さんによれば、裁判員制度の導入を目前にして多くの実務家は裁判員制度の運用論に関心の中心を移行させているが、このシンポジウムは制度の基本理念についてあらためて根本から問おうとするものである。制度理念をきちんと説明できないと国民に司法参加をお願いするのは困難である。実際、裁判官もまた裁判制度の原点に立ち返ろうとしており、裁判官の目線は市民に近いものに変化しつつあると感じられる。各報告者に対するコメントとしては、まず「厳罰化」が進んでいると言えるかどうかの判断には市民感覚が重要であること、判例が政策形成をリードしている場面はさらにたくさんあること、社会の変化によって裁判員制度が受け入れられるようになってきたという面ばかりでなく、裁判員制度の導入によって社会が変わっていくという側面も重要であること、被害者保護ばかりでなく、被告人の権利を保障することがまずもって重要であることなどが挙げられました。さらに休憩を挟んで、フロアとの質疑応答が行われました。質疑応答では、大会テーマで裁判所、検察、市民の3者が並べられているが、誰が本当の主体なのか、また刑事被告人も重要な主体なのではないのか、裁判員制度は果たして日本人の法意識になじまないと言えるのか、日本の裁判官は刑事司法を自らのフィールドだと認識してはいないのではないか、これまで被告人の人権保障のために被害者保護がないがしろにされてきたことにはもっと自覚的であるべきではないのか、評議に際して3名の裁判官の間に意見対立がある場合にその対立を隠して裁判員を指揮し評議を進めるのは問題なのではないか、量刑相場の形成もまた司法による政策形成なのではないか、など様々な質問が出され、活発な議論が交わされました。特に、刑事被告人は刑事裁判の主体と言えるのかをめぐる議論については、最後までいろいろな方が発言していました。

今年もまた大変学ぶことの多い大会でした。再来年度(2011年度)は私が学術大会企画委員長です。今年のように充実した大会にできるかどうか自信がありませんが、十分に準備して大会を盛り上げていきたいと考えております。

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2009.05.11

法テラス福岡法律事務所の佐藤力弁護士を訪問して参りました

2009年5月2日(土)に法テラス(日本司法支援センター)福岡法律事務所所長の佐藤力弁護士を訪問して参りました。佐藤弁護士は大阪大学大学院高等司法研究科(法科大学院)の1期生で、司法修習(新60期)、静岡県内の法律事務所での実務経験を経て、今年の1月から法テラス福岡法律事務所の所長に就任されました。

佐藤弁護士は、静岡の法律事務所に勤務している間、特に刑事弁護に力を入れ、法テラスの都市部事務所で刑事弁護を中心に活躍するつもりで自己研鑽に励んで来られたそうです。その研鑽の甲斐あって、第6回(2008年度)季刊刑事弁護新人賞(最優秀賞)を受賞されました。刑事弁護は多くの弁護士にとって割に合わず、引き受け手のない事件が多々あります。弁護士が比較的に多い大都市部でも、多くの被疑者・被告人は十分な弁護を受けることができません。そのため、法テラスに所属して刑事弁護を積極的に引き受ければ、若手でも活躍できる余地は大きいのだそうです。佐藤弁護士は、日本版パブリック・
ディフェンダーとなり、そのような被疑者・被告人の力になる仕事がしたいと考えて、福岡に赴任されました。

もっとも、佐藤弁護士は、法テラス福岡法律事務所に赴任していろいろな相談に応じているうちに、高齢者や障害者、外国人や生活困窮者の法律問題が何らの法的保護も受けられないまま放置されている現状に気付かれたのだそうです。佐藤弁護士は、社会福祉協議会や児童相談所、ホームレス村などに足を運び、現場のニーズを聞き出して、行政機関などの協力を得ながら、これまで法的保護を受けることのなかった人々にリーガルサービスを提供しようと、目下奮闘努力しておられます。

法テラスは、情報提供業務、民事法律扶助業務、司法過疎対策業務、犯罪被害者支援業務、国選弁護等関連業務などで幅広い役割を果たすことが求められますが、その具体的業務内容は、それぞれの事務所が地域のニーズに実際に応えていくなかで具体化されていきます。佐藤弁護士は、そのようなニーズを積極的に発掘し、法テラスの新しい役割を見いだそうとして努力しておられるのです。佐藤弁護士は、私の法科大学院での授業(法社会学)の最初の受講生です。佐藤弁護士の今後ますますのご活躍を期待しています。

法テラス福岡HP「法テラス福岡法律事務所開設のお知らせ」より

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2009.04.27

2009年4月23日(木)交渉教育研究会概要

2009年4月23日(木)18時30分から20時30分すぎまで、上智大学四谷キャンパス2号館にて交渉教育研究会会合が開かれました。今回の会合では、今年度開催される第8回大学対抗交渉コンペティションの企画、法務研究財団への研究基金の申請について経過報告と議論が行われました。今回は事務的事項が多かったので詳細な内容紹介は控えますが、いくつか開示可能な内容について紹介させて頂きます。

交渉コンペティションの企画については、「海外の架空の企業間取引が素材になるため、やや現実から乖離した事例が多くなっている。むしろ“課題を通じて現実を知る”という教育目的を強調した方がよいのでは」という意見と、「あまり現実に引きつけすぎるとリサーチだけで仲裁や交渉の勝ち負けが決まってしまうようになるが、それはどうだろうか」という意見が分かれ、なかなか方針が定まりません。その他、最近のコンペでは交渉テクニックが小手先に走り、現実にはありそうにない取引が行われる傾向があるがどうしたらよいか、学生の分析力を試すためにもっと多くのデータ示し、それを学生に分析させて交渉に使わせるのがよいのかどうか、といった様々な点について議論されましたが、なお結論には至っていません。さらに、コンペでの交渉レベルの底上げのために、夏休みに各大学のリーダー格の学生を集めて合宿形式で集中教育を行う「リーダーズ・キャンプ」を実施してはどうかという提案がありました。この点、開催方法や場所についてまだ合意が得られていませんが、交渉レベルの底上げのための工夫は必要だという共通認識はあり、実施の方向で具体的な検討が進むことになりそうです。

次に、もう一つの議題である研究基金申請の経過報告についてですが、どのような教材を今後開発していくべきなのかについて興味深い議論が行われました。まず、研究会メンバーそれぞれがロースクール等で使っている自前の教材をデータベース化して一般に公開してはどうかという提案が行われました。この点について、交渉教育普及の観点から無償で教材の提供をした方がよいという意見と、研究会の活動が今後も継続していくために有償での提供を考える方がよいという意見が出されました。私は、まだ法教育の一環としての交渉教育について理解度の低いわが国の実情を考えると、無償提供の方が有望なのではと思っていますが、経費回収程度の有償化は認められてよいと思いました。また、交渉教育を普及させるためには、大人を相手にする場合でも子供にも分かる程度のシンプルさが必要だという指摘がありました。実際、ハーバード大学の交渉教育プログラムでは「交渉の7つのエレメント」というようなシンプルな項目を示した上で、それを具体化する形で理論の紹介やロルプレイが行われます。学童期から法教育の一環として交渉教育を行うというからには、「ハーバード流」と同程度にシンプルなメッセージを、日本的文脈に適した形で提示することができなければなりません。この点について、日本人は議論をする際に人と問題をきちんと分けて議論することができず、相手の意見をすぐ人格攻撃と捉えがちだから、「人と問題を区別する」ということを特に強調することが必要だという指摘がありましたが、もっともな指摘だと思います。どのような仕方でシンプルメッセージを提示するかはさらに検討する必要がありますが、方向はある程度見えてきているように思います。

交渉教育研究会での「法教育の一環としての交渉教育」の検討はさらに続きます。これからどのような工夫が出てくるか、請うご期待。

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