2019.05.13

2019年度日本法社会学会学術大会概要その2

2019年511日(土)、12日(日)、千葉大学西千葉キャンパスにて、2019年度日本法社会学会学術大会が開催され、無事に終了しました。2日目の議論も大変充実していました。

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日午前の部では、個別報告分科会③(司会:馬場健一[神戸大学])に参加しました。この分科会はたまたまですが脳科学や心理学、統計学を用いた報告が集まっていました。

最初の報告は、浅水屋剛(東京大学)・加藤淳子(東京大学)「法の専門家と素人の法的判断:fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いたリーガル・マインドの探求」でした。被験者に架空の殺人事件5事例を与えて答えてもらい、その時の脳の活動部位をfMRIで三次元データとして記録し、そのデータを多数集めて統計処理し、脳の活動部位を特定する脳科学実験の結果の報告でした。設けられた事例に答えるに際して、法専門家と素人とで脳の活動部位にどのような違いがあるかを検証。今回は感情的反応に関わる法専門家と素人の脳の活動の違いを抽出。まだ研究は第一歩とのこと。これからのさらなる研究に期待したいと思います。

2報告は、藤田政博「人の違法とせらるるは結果のみによらずして行為による: 行為無価値・結果無価値に関する実験研究」でした。刑法の違法性論では、結果の発生こそが違法性の根拠だとする「結果無価値」論と、単に結果の発生だけではなく、行為の非難可能性があることが違法性の根拠だとする「行為無価値」論との理論的対立がありますが、素朴な疑問として、人間は結果の発生だけで違法判断をするとは考えにくいところがあります。藤田さんはこの疑問に答えるべく、殺人事件の事例を工夫して学生を対象とした心理実験をまず行い、これを別の角度から検証すべく、アメリカのクラウドサービスに登録している一般人(平均年齢40歳ぐらい)を対象とした心理実験を行ったとのこと。その結果、いずれについても行為が法規範に違反したという行為の悪質性に関わる要素こそが違法性の判断にとって決定的であることが確認されたとのこと。心理実験を用いた鮮やかな検証には目を見張りました。

3報告は、籾岡宏成「アメリカ合衆国における懲罰的損害賠償制度の統計的分析」でした。アメリカ合衆国の懲罰的損害賠償の賠償額は陪審員が判断するのですが、この点に関して、陪審による判断は極端な倍率となることが多く、恣意的で予測可能性がないから制限すべきだという立場(不法行為法改革論者)と、陪審の懲罰賠償額の判断は控訴院裁判官の判断と統計的にみてそれほど極端な違いはなく、懲罰的賠償額は合理的に予測可能であるとする立場(現状維持派)の対立があります。籾岡さんは、LexisNexisのデータベースから2004年から2012年まで8年間の懲罰賠償が認容された300件以上の連邦控訴院判決を抽出し、これを原審にまでさかのぼってデータを整理。さらにこれを統計的に分析して、陪審による懲罰賠償額と控訴院裁判官による減額された金額を比較して、陪審による賠償額の判断が極端な倍率となり予測可能性を損なうほどに恣意的かどうかを検証。この結果、陪審による懲罰賠償の額は当事者の予測可能性を害するほどに恣意的でないこと、控訴院裁判官による減額は陪審による極端な倍率故に行われるというより、賠償額の大きさに応じて行われることが多いことを明らかにしました。ご研究は大変な力作とお見受けしましたが、アメリカで同種の研究は多数あるようで、どこまで独自性のある研究なのかはよく分からないところがありました。

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日午後の部は、全体シンポジウム「司法制度改革とは何だったのか」が行われました。今回の大会企画委員長は樫澤秀木(佐賀大学)、司会は上石圭一(追手門学院大)・藤本亮(名古屋大学)です。最初に、企画委員長による「企画趣旨説明」があり、これに続いて丸島俊介(弁護士)による「司法改革の歴史を辿り未来を展望する」、田中正弘(筑波大学)による「我が国の法曹養成の出口拡充戦略は誰が主導すべきか―主体に着目した英米との比較」、高橋裕(神戸大学)による「法社会学会は司法制度改革にどのように接近してきたか:視角と死角」の3報告が行われました。

丸島報告は、ご自身が弁護士としてかかわってきた司法制度改革を振り返るとともに、今後の課題を明らかにし、これから向かうべき方向を示す重厚な報告。田中報告は、大学の認証評価を研究する教育学者という立場からみた司法制度改革、とりわけ法科大学院改革についての課題と展望を明らかにする報告。高橋報告は、法学論文データベースから司法制度改革に関わる論文タイトルとキーワード、会員情報をテキストマイニング等の方法で分析し、司法制度改革に法社会学会の会員がどのように関わってきたのか、これからどのように関わっていくべきなのかを明らかにする力技の報告でした。以上の報告に対して、三成美保(奈良女子大学)がジェンダー論の観点から、宮澤節生(神戸大学名誉教授)が司法制度改革にずっと関わってきたご自身の観点からコメントをするという形で、問題提起が行われました。

シンポジウムの後半はパネリスト間での意見交換とフロアとの質疑応答。議論は多岐に及んだので、詳細は省略します。基本的に、司法制度改革はジェンダーの視点が大きく欠けており、今後はジェンダー的な視点からのさらなる改革が必要であるということ、若手にとって弁護士が魅力的な職業であるようにするためにはどのような施策が必要か、そもそも訴訟事件数は何ゆえに減少しているのか、原因究明は行われているのか、法社会学会の会員はどのように現実の問題に取り組んでいくべきなのか、といった課題について白熱した議論が展開されました。

今年度の学術大会も充実した大会でした。来年度はAIや脳科学、ベイズ統計学といった新しい課題について議論が行われるようです。新しい展望は見出されるのでしょうか。

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2019.05.12

Asian Law and Society Association 第4回学術大会のご案内

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2019年12月13日(金)、14日(土)、15日(日)の3日間、大阪大学豊中キャンパスにてAsian Law and Society Association 第4回学術大会を開催いたします。詳細は添付のチラシをご覧ください。関心のある方はktfukui[@]law.osaka-u.ac.jp([ ]を取り除く)までご連絡ください。

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2019年度日本法社会学会学術大会概要その1

2019年511日(土)、12日(日)、千葉大学西千葉キャンパスにて、2019年度日本法社会学会学術大会が開催され、これに参加するために千葉に来ています。昨日、初日が終わりました。場所が便利だからか、関心のあるセッションにピンポイントで来て帰ってしまう人が多いようですが、同時並行で5つのセッションが走っているにも拘わらず、各セッション会場は人が多く、盛会です。今回も備忘録を兼ねて私自身が参加したセッションの印象を書き残しておきたいと思います。

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日午前の部では、個別報告分科会①(司会:米田憲市[鹿児島大学])に参加しました。個別報告分科会は、それぞれの報告者が役割による制約なしに自分の研究を発表する場であり、いろいろ発見が多いです。私は学会ではなるだけ個別報告を聞くようにしています。

最初の報告は、齋藤宙治(東京大学)「年齢による差別と平等原則の一試論」でした。アメリカ合衆国の議論を手掛かりに、年齢による差別、とりわけ選挙権等に関するこどもの権利制限の合憲性審査基準について、ウェブアンケートを用いて実証的に検証する意欲的報告でした。アメリカの差別の合憲性審査には社会科学的な基準が用いられており、実証的な検証になじみやすいとのこと。Childist Legal Studiesの構築を目指すとのことで、今後の展開が期待されます。

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番目の報告は、波多野綾子(東京大学)「不完全な国際法の内在化?―日本におけるヘイトスピーチ解消法制定とアンチ・レイシズム運動を事例として」でした。人種差別禁止条約を批准したにも拘わらずなかなかヘイトスピーチ規制に踏み込まなかった日本で、どのようにして「ヘイトスピーチ解消法」が立法されるに至ったかを紹介し、国際的法規範が国内化されるメカニズムについて明らかにする報告。これまでの研究成果をさらに深める内容の報告でした。

3報告は、馬場健一(神戸大学)「行政不服審査における行政機関の弁明の実態と問題点」でした。馬場報告は、ご自身で行った全国65自治体(45都道府県と20政令指定都市)に対して行った学校体罰事故報告書の公開請求で、氏名等を開示せず、行政不服審査をしてもなかなか開示を行わない事例を分析し、行政不服審査の構造的問題点を指摘する秀逸な報告でした。行政は確立された最高裁判決が出ても、それに容易に従おうとせず、しかも、行政不服審査の審査手続がいくつもの過程に別れていていくらでも時間的な引き延ばしが可能な構造になっているために、実際に意図的な引き延ばしが行われていることが窺われるとの指摘には唸らせられました。

4報告は、馬場淳(和光大学)「法人類学と存在論―法文書をめぐるエージェンシーとコミュニケーション」でした。ご自身がフィールドとしているマヌス島の事例を手掛かりに、モノとしての法文書が関係する当事者にどのようなコミュニケーションをもたらすのかを記述的に紹介し、テクストとしての法文書とは異なる法文書の側面について明らかにする報告でした。文書にはそれ自体として権威のようなものが備わっており、その側面にも光を当てる必要があるという問題提起として受け止めました。

お昼休み、会員総会を間に挟んで、午後の部となりました。私は午後も個別報告分科会②(司会:飯田 高[東京大学])に参加しました。指導する博士課程院生の報告があるからです。

最初の報告は、安藤泰子(青山学院大学)「国家と刑罰、国際社会と刑罰」でした。第二次世界大戦以降に構築されてきた国際刑事裁判における新たな犯罪類型(戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する罪、侵略犯罪など)をどのような法理論で正当化するかをめぐる報告でした。やや概念法学的な手法の報告で、法社会学の手法とは合わないのではという気がしましたが、国際的法規範の形成プロセスに関する問題提起を行う報告として受け止めました。

2報告は、片野洋平(明治大学)「所有者不明の土地問題の解消とその課題―特に現場の困難と工夫に着目して」でした。鳥取大学在職中にご自身が取り組んできた自治体による所有者不明土地の寄付採納事業の現状と課題について紹介する、経験的・体験的研究の報告でした。自治体が土地の寄付をうけるといっても、所有者確定に手間がかかるうえ、利益よりもむしろリスクを負うことになるために、全国的に注目されているにも拘らず事業がなかなか進まない実態が明らかにされました。

3報告は、楠本敏之(東京大学)「社会保険の被保険者資格の中立化に係る法政策と非正規雇用者の社会的包摂」でした。厚生年金等社会保険の労働時間、契約期間による被保険者資格制限が企業による労働コスト抑制に利用され、労働者の非正規化がもたらされている現状を前提として、この受給資格制限を取り払った場合に企業と労働者がとりうる行動について郵送アンケートとウェブアンケートで調べた結果をまとめた意欲的報告でした。社会保険の受給資格制限をなくした場合に非正規の正規化という政策効果は認められる一方、健康保険との関係ではそのような政策効果は働かないとのこと(私の理解が間違っていたら申し訳ありません)で、健康保険は任意の選択にゆだねてもよいという結果は意外でした。

4報告は、花村俊広(大阪大学)「労働局あっせんは、どのようにして合意を調達しているのか?―インタビュー調査によるあっせん業務プロセスの解明」でした。ご自身が社会保険労務士で、労働局のあっせん委員をされている経験をベースに、7名のあっせん委員を対象とした聞き取り調査に基づいて、労働局によるあっせん業務のプロセスを明らかにし、より満足度の高いあっせん手続の可能性を模索する、実務的かつ理論的な研究の報告でした。私の指導院生の研究ですが、これからの課題はなお残るものの、力作であると理解しました。

初日の個別報告はいずれも意欲的で、示唆に富むものばかりでした。2日目にはどのような報告と出会うことができるでしょうか。


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2018.12.10

2018年12月9日(日)法制史学会近畿部会・日本法社会学会関西研究支部共催シンポジウム「法の概念および日本前近代法の特質-水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』を素材として」概要

2018129日(日)13時~1750分まで、法制史学会近畿部会と日本法社会学会関西研究支部の共催で、シンポジウム「法の概念および日本前近代法の特質-水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』を素材として」が開催され、参加してまいりました。このシンポジウムは、水林彪先生(東京都立大学名誉教授・元一橋大学教授)の提案で企画され、水林彪・青木人志・松園潤一朗編『法と国制の比較史-西洋・東アジア・日本』(日本評論社・2018年)のプロモーションを兼ねて行われたものです。大半の参加者は法制史研究者で法社会学研究者は少なかったのですが、いろいろ得るものの多いシンポジウムでした。以下は備忘録を兼ねた概要紹介です。

シンポジウムは水林先生の企画趣旨説明から始まりました。企画趣旨の内容は割愛しますが、「法の概念」について、法制史と法社会学が共有できる「経験科学的法概念」をめぐって、改めてマックス・ウェーバーの議論を再検討することには意義があると思います。決して新しいテーマではありませんが、長らく検討を放置してきたテーマだからです。なぜ今議論するのか、という問いもありますが、問題意識が薄れてきたからこそ今やらなければならないということなのだと理解しました。

企画趣旨説明のすぐあと、第Ⅰ部 「法の概念-寺田浩明論文および高橋裕論文を素材として」が始まりました。第Ⅰ部の司会は私です。パネリストは、寺田浩明先生(京都大学名誉教授)と高橋裕先生(神戸大学教授)でした。

寺田報告「法概念の論じ方-高橋・水林論文に接して」は、高橋さんの論文「マックス・ウェーバーにおける法の概念-経験科学的法概念の再構成に向けて」、近刊「経験科学的な法概念に向けて」、および、水林先生の論文「マックス・ウェーバーにおける法の社会学的存在構造-『改定稿』をテクストとして」を検討し、強制を伴わない法をとらえる視点の必要性、ルールの妥当とはそもそもどのようなことか、正当な法とはどのようなことか、ルールを伴わないカリスマ的支配もあるのではないか、といったことを、中国法史学の視点から問題提起するものでした。国家を前提とし、正当性を有する、強制力を伴うルールとして法をとらえる法制史・法社会学の主流のスタンスに対する批判と受け取りました(私の理解力の限界もあり、正確な要約はできません)。

高橋報告「法をどのように捉えるか-法社会学からの把握と法史学からの把握-」は、法社会学と法史学で協働を可能にする法概念がありうるかという問題意識から出発し、寺田論文「中国法史から見た比較法史-法概念の再検討」を手掛かりに、「契約社会」・「訴訟社会」としての前近代中国を前提として、実定化されない法をどのように捉えるのか、民事裁判をどう位置づけるのか、律の性格、契約の質をどう捉えるのか、法的関係と社会関係をどのように関係づけるのか、法の継受をどのように捉えるのか、ルールとは異なる社会的正義と裁判の関係をどう捉えるのかといった様々な点について検討し、さらに、高橋論文に対する水林先生と寺田先生のコメントに応答する内容の報告でした。高橋報告も容易に要約することはできない内容ですが、国家を前提とし、正当性を有する、強制力を伴うルールとして法をとらえる法制史・法社会学の従来の捉え方を拡げていく必要性があることを問題提起する報告と理解しました。

報告に続いて水林先生のコメントがありました。ウェーバーの法概念は、強制力を伴うルール(制定法・古代法=形式的法)だけでなく、強制力を伴わないルール(エチケット等)、ルールならざる強制(カリスマ的法宣示・実質的法)、ルールでも強制でもない規範(非難を伴う無定形習律)をもカバーするものであり、経験科学的な法概念として法社会学と法史学で十分に共有できるという水林先生の整理は圧巻でした。質疑応答もウェーバーの法概念に関する議論が中心でしたが、これは割愛します。

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休憩を挟んで、第Ⅱ部 日本前近代の法と裁判-松園論文および大平論文を素材として」が行われました。第Ⅱ部の司会は水林先生、パネリストは松園潤一朗先生(一橋大学講師)、河野恵一先生(立命館大学教授)、大平祐一先生(立命館大学名誉教授)、安竹貴彦先生(大阪市立大学教授)でした。第Ⅱ部は報告とこれに対するコメントが2組行われるという形で進められました。こちらのパートは手堅い日本法制史の研究セッションという印象です。

まず、第Ⅱ部第1報告として、松園報告「中世における法と道理」が行われました。同報告は、中世日本法における「道理」の「法」に対する優位が、近世法になると「法」の「道理」に対する優位に変わっていくということについて、中世法の学説史を踏まえたうえで、資料を精査して論証する研究報告でした。松園先生は日本法制史若手のホープと目される人物です。中世法において普通に用いられていた「道理」が近世に近づくとともに用例が少なくなり、他方その代りに「法」が用いられることが多くなり、戦国時代に至ると裁判が「御法」による判断であることが強調されるようになったという整理は秀逸であると理解しました(私は日本法制史の知見に乏しいので、この整理は間違っているかもしれません)。

これに対する河野コメントは、喧嘩両成敗の研究者として、中世から近世へと時代が移っていくなかで、理非を論じる「道理」に基づく裁定が、理非を論じない「法」に基づく裁定へと変わっていく傾向があることを指摘し、その背景に理非の判断を公権力が独占するようになったことがあることを指摘するものでした(これについても私の整理が間違っているかもしれません)。近代的な法理解と「道理」との間にはかなり距離があり、それが何ゆえに「法」に置き換わってきたのかということには興味が湧きました。

これに続いて、第Ⅱ部第2報告として、大平報告「江戸幕府の刑事裁判と『手続きの選択』-「吟味筋」かそれとも「出入筋」か-」が行われました。大平報告は、幕府の裁判手続には「吟味筋」(取り調べを必要とする者を召喚して「裁判役所自ら審問を開始する」手続)と「出入筋」(私人による出訴にもとづく私人間の紛争解決手続で、基本的に民事事件が主対象であるが、刑事事件も対象となり、民事と刑事の両訴訟手続きが合体したものと理解される)の二種類があり、この区別はしばしば「立証が容易か、困難か」によって行われる(立証が容易なものは「吟味筋」となり、立証が困難なものは「出入筋」として裁かれることが多かった)こと、他領地他支配関連刑事事件でしばしばこの振り分けが問題になってきたことを論証する報告でした。敗訴するわけにはいかない幕府の三奉行の立場がこの振り分けに影響していたということが指摘されていました。

これに対する安竹コメントは、「吟味筋」と「出入筋」の振り分けが他領地他支配関連刑事事件を幕府が処理するための便法に過ぎなかったのではないかと指摘し、手続を選択する主体は、たとえ私人による出訴が促されているからといって、私人がこれを選べるわけではなく、幕府の都合でこの振り分けが行われていたのではないかと指摘するものでした。この議論は、現在の検察の、極度に敗訴を恐れ、勝訴できる事件しか起訴しない傾向の歴史的検証であり、興味深く伺いました。

本シンポジウムは、私の理解力でフォローできない点も多々ありましたが、本当に勉強になりました。法制史と法社会学の合同研究会、また企画したいと思います。


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2018.12.09

2018年12月8日(土)司法アクセス学会第12回学術大会概要

201812 8() 午後1時から午後5時すぎまで、東京・霞が関の弁護士会館2階講堂にて、司法アクセス学会第12回学術大会が開催され、参加してまいりました。テーマは 「市民の法的ニーズと法律専門職の倫理」。市民、企業の法的ニーズはどこにあるのか、各法律専門職は利用者の期待に応えられるような専門職倫理のもとに法的サービスを提供していると言えるのか、議論しました。以下は、当日のシンポジウムの概要です。

大会前半の第1部ミニシンポジウム①「法的ニーズについて」では、20154月に公表された「法曹人口調査データの二次分析―弁護士需要はどこにあるのか―」(日弁連法務研究財団・財団研究)に基づいて市民と企業の法的ニーズについて検討し、利用者の視点から、どこに法専門職サービスへのニーズが存在し、何がアクセス障害を発生させているのかを実証的に検討しました。企画責任者は、石田京子氏(早稲田大学)、報告者は、山口絢氏(日本学術振興会)、斎藤宙治氏(東京大学)、森大輔氏(熊本大学)、佐伯昌彦氏(千葉大学)、コメンテーターは、片桐武氏(弁護士)と安藤知史氏(弁護士)。

山口報告「法律相談利用前のためらいとの関連要因」は、「ためらい」を「当事者が法的ニーズを有し、法律相談利用の動機が存在しているにも拘わらず、その動機が相談を利用するという明確な意図の繋がっていない状態」と定義し、「ためらい」の有無、理由と当事者の属性、問題類型をクロス分析し、「ためらい」の関連要因、「ためらい」の理由と属性の関係を明らかにする好報告でした。「ためらい」をより強く感じるのが女性や若者層であり、その理由が弁護士の敷居の高さや問題深刻化の懸念であるというのは実感にも合っています。

斎藤報告「大企業の法務と弁護士利用」は、企業の事業規模に関わる変数(資本金、従業員数)と法務に関する変数(法務担当者数、社外弁護士予算、社内弁護士数)のそれぞれの影響関係を仮説モデルを用いて分析し、大企業の弁護士利用が増える要因とその因果の流れを明らかにする力技の報告でした。企業の事業規模が大きくなると、法務の基盤が安定化し、その結果法務担当者数が増え、それが前提となって社内弁護士も増え、同時並行で社外弁護士の予算も増えるという関係があるというのも、納得できます。企業の弁護士利用はある程度の事業規模がないとなかなか進みにくいのは確かです。

森報告「横断的な回答比較」は、「法曹人口調査」の複数のアンケートの間で、「異なる主体間での同じ質問の比較」(弁護士の利用機会・法曹有資格者の将来の利用、弁護士を探す方法、弁護士を選ぶ際の考慮事項、依頼しやすくするための必要事項、弁護士に期待する能力)と、「同じ主体の間での異なる質問の比較」(弁護士を選ぶ際の考慮事項、依頼しやすくするための必要事項、弁護士に期待する能力)を行い、回答された要因を回答者が選んだ率の高い順に並べて、何がよりその質問でより重要な(それほど重要でない)要因なのかを明らかにする報告でした。弁護士を選ぶ際の考慮事項として大企業は「実務経験」「専門分野」を重視し、相談者は「話しやすさ」、一般人は「安い費用」を求めていること(異なる主体間での同じ質問の比較)、弁護士に期待する能力としては、一般人は「交渉力」、大・中小企業は「法律知識」を最も求めている(同じ主体の間での異なる質問の比較)との調査結果は特に印象に残りました。

佐伯報告「弁護士費用の支払い意欲に関する二次分析」は、「法曹人口調査」で行われたシナリオ調査に着目し、そこで用いられた「相場法」(弁護士費用の相場を示し、いくらまでなら払う意欲があるかを尋ねる)の結果を、着手金重視の解答者と報酬金重視の回答者を区別し、さらに相場未満しか払わないとの回答者と相場以上を払うとの回答者を分け、4通りの回答者グループの割合を比較する分析でした。概ね着手金の支払いを相場未満に抑えようと考える人は報酬金の支払いも相場未満に抑えようとする傾向があること、着手金を相場以上支払うとする人は、報酬金も相場以上支払う用意があること、先端ビジネス能力を期待し、若手弁護士の熱心さを評価している依頼者は、弁護士費用の支払いに積極的であることなど、興味深い知見が得られました。

以上の報告に対して、実務家からのコメントとして、片桐弁護士は、「ためらい」克服のための弁護士会の努力を紹介し、また横断分析について一般人が「交渉力」を「法的知識」より重視している点は興味深く、弁護士を選ぶ際の考慮事項として一般人が「安い費用」を重視している点は重く受け止める必要があるとし、安藤弁護士は、企業法務に関わってきた立場から、法務の基盤が事業規模によって決せられることは実感に合うとしたうえで、この調査結果からは中小企業の弁護士利用を進めることは非常に難しいということになるが、ベンチャー企業などは弁護士利用に積極的であり、期待できると指摘しました。パネルディスカッション・質疑応答では、弁護士ニーズはどのように分布しており、そのニーズはどのようにしたら弁護士利用につながるのか議論するものでしたが、都合上省略します。

大会後半の第2部ミニシンポジウム②「職業倫理について」では、法専門職側に焦点をあてて、弁護士のみならず、司法書士、行政書士などの法的サービスの提供者側がどのような倫理研修を行い、団体としてサービスの質の標準化に取り組んでいるのか紹介されました。企画責任者は齋藤隆夫氏(桜美林大学)。報告は、斎藤隆雄氏「市民の法的ニーズと法律専門職の倫理―司法書士の専門職倫理をめぐる研修―」(司法書士の立場から)、山田美之氏「行政書士のコンプライアンス―倫理研修の現状と課題―」(行政書士の立場から)、馬橋隆紀氏「弁護士会における倫理の習得」の3報告でした。

齋藤報告は、司法書士とはどのような専門職なのか、懲戒の傾向はどうか、専門職倫理に関する規定はどうなっているかを明らかにしたうえで、専門職倫理研修の内容と参加率等から司法書士の専門職倫理研修の課題について明らかにする報告でした。法令に根拠をもつ司法書士の専門職倫理と一般的に司法書士に期待される倫理との区別が不明確で、司法書士の間で誤解が生じていること、中立性が求められる登記業務を行う上での倫理と、党派性が求められる簡裁代理を行う上での倫理の性格の違いが司法書士の専門職倫理を混乱させていること、など考えさせられました。

山田報告は、行政書士倫理綱領について紹介するとともに、行政書士に対する処分の構造(都道府県知事による懲戒と単位会による処分の二層構造になっていること)とそれぞれの動向について紹介。近年重い処分を受けている行政書士が増えていること、そのような重い処分には戸籍謄本等の職務上請求の不正が少なくないことなどが明らかにされました。

馬橋報告は、弁護士会の倫理研修に長年携わってきた立場から、弁護士会研修制度の沿革、平成元年のアメリカ視察による転機、義務研修の導入、弁護士会倫理研修の課題について紹介するものでした。弁護士職務基本規程をさらに具体化する試みが進んでいること、それによって若手の弁護士が弁護士倫理をより明確に意識するようになることが期待されること、社会一般の弁護士に対する信頼も、弁護士倫理をより具体的に社会一般に示していくことで高まっていくと考えられることなど、さらに議論を深めていくべき点が明らかになりました。

質疑応答はあまり時間がなかったのでほとんど省略しますが、私もこの質疑応答で、弁護士会が倫理研修や懲戒に力を入れているにも拘らず、弁護士懲戒の手続が内輪のかばい合いに見えてしまっている現状について指摘し、他方で、他士業の場合には士業の不正に関して監督庁(司法書士につき法務局長、地方法務局長、行政書士につき都道府県知事)が最終的懲戒権をもっているために、専門職倫理を自分たちで構築していくという意識に乏しくなっているのではないかと質問しました。弁護士会は職務基本規程を具体化することで一般の理解が得やすくなると考えていること、他士業については、監督庁による懲戒にあたって、単位会が審議して意見を述べることから、間接的には単位会の意見が処分に反映されることなど、教えていただきました。

あまりに盛りだくさんで議論や質疑応答の時間が足りない大会でしたが、今回もいろいろ勉強になりました。来年の企画も楽しみにしています。

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2018.12.02

ALSA 2018 Gold Coast大会概要(その2)

(「その1」からの続き)
2018
121日(土)はALSA2018の本大会2日目です。充実したセッションが続きました。

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日朝9時からのDay 3 Session A ではLIA-Courtsのセッションに参加しました。アジア各国の裁判所の課題について議論するセッションです。3人の報告者による報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、Vai Io Lo教授 (Bond University)による“Communication Technology and Judicial Transparency in China”でした。大陸中国の50の裁判所(民事)の公式ウェブサイトを調査し、情報技術を使った裁判所の情報開示について検証する報告。通常民事裁判についてウェブ上で日程等の確認ができるなど、情報技術の裁判所での活用は進んでいるけれども、個人情報保護など課題があることが明らかにされました。第2報告は、David Law教授 (University of Hong Kong & Washington University in St. Louis)による“Judicial Review of Constitutional Amendments: The Case of Taiwan”でした。各国の憲法改正に対する司法審査の事例を分析し、台湾の司法審査が特に厳格(積極主義)であることを指摘したうえで、「対話的」司法審査(Dialogic Judicial Review)の可能性について検討する報告でした。積極的な司法審査には世論の支持が必要という指摘には唸らされました。第3報告は、Hong Tram氏(Institute of Legal Science, Vietnam)による“Developing Case Law in Vietnam- Transplanting Common Law into a Socialist Context”でした。もともと社会主義法国であり、大陸法による法整備支援を受けたベトナムの裁判に判例法を移植する試みについて紹介する報告。社会主義法・大陸法の枠組のもとでは、判例はそのままでは法的拘束力はありません。しかし、実務上の解釈の積み上げを法に反映させることは実務家からは強く求められます。多くの場合には、法改正によって判例法の法制化が行われるとのこと。判例法によってベトナム法が変わるのか、どのように変わるのかは今後の発展にゆだねられるとのこと。法の移植についての興味深い報告でした。

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時からのDay 3 Session B ではLIA-Judgesのセッションに参加しました。各国の裁判官の実際について議論するセッションです。3人の報告者による報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、松中学准教授(名古屋大学)による“The Career Judge System and Court Decision Biases: Preliminary Evidence from Japan”でした。日本の裁判官のキャリアシステムを前提に、消費者法事件と会社法事件の判決を量的に分析して、事案処理の効率性が裁判官の判断に影響しているかどうかを実証的に明らかにする意欲的報告。調査対象が限られていることから分析に一定の限界はあるものの、興味深い内容でした。第2報告は、Huynh Nga Truong氏(National Chung Cheng University)による“The Good Faith Principle in Asian Civil Law Jurisdictions: A Comparative Analysis”でした。大陸中国、台湾、日本、韓国、ベトナムなどアジアの大陸法国を対象に裁判で信義則が果たす役割を分析する報告。主たる対象はベトナムでした。特に、ベトナムは日本の法整備支援を受けて民事法の整備をしていることから、法適用の修正原理としての信義則の役割は日本とあまり変わらないという印象をもちました。あくまで若手研究者の研究報告なので、実際にはどうなのか、ベトナムの裁判官の感想が聞きたいところです。第3報告は、柳瀬昇教授(日本大学)による“Judicial Integrity and Deviation in Japan: Judging from Judge Impeachment Cases”でした。日本の裁判官弾劾手続について、日本国憲法制定後これまでに行われた9件の事例を分析し、裁判官に期待される政治的中立性や品位の内容について明らかにするとともに、弾劾手続の政治的利用の危険性について指摘する報告でした。いろいろ勉強になりました。

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時からのDay 3 Session Cでは、 PGov-Accountabilityのセッションに参加しました。2人の報告者による行政のアカウンタビリティーに関する報告が行われました(1人欠席)。第1報告は、Zejun Du氏(ボンド大学)による“Government Information Publicity in China: Development and Further Improvement”でした。報告は、大陸中国で進められている行政の情報公開についての実証的分析。中国でも行政の情報公開についての法整備は進んでいるのだそうですが、実際に調査を行ってみると、情報公開に非協力的であったり、そもそも情報公開の体制ができていなかったり、法整備が行われる以前とあまり変わっていない現状が明らかにされました。背景には社会主義法としての立て付けや、面子の文化があるようです。第2報告は、Stefan Gruber准教授(京都大学)による“Cultural Heritage, Rights and Access to Justice in Asia”でした。現在、アジア諸国ではどこでも文化財保護が進められていますが、国が進める文化財保護政策と個人の所有権、地域利益との対立は容易に回避することができず、時には伝統的な生活をしている現地住民の人権問題など深刻な問題も生じるとのこと。文化財保護政策に求められる行政のアカウンタビリティーとはどのようなものか、多角的な検討が必要であり、特に、UNESCOなどが進める欧米的な文化財保護政策がアジアに適しているかどうかについて、再検討が必要であるということを理解しました。

3
45分からのDay 3 Session Dでは、LIA-Litigation and Litigiousnessのセッションに参加しました。アジア諸国の訴訟利用とその背景にある法意識について議論するセッションです。4人の報告者が報告を行いました。第1報告は前田智彦教授(名城大学)による“Judicial Dispute Resolution in the Eye of Litigating Parties: Findings from a Survey of Japanese Litigants and their Attorneys”でした。訴訟当事者と代理人弁護士に対して行った訴訟上の和解に関するアンケートの調査結果の分析です。当事者が和解に応ずるのは代理人の説得や裁判官による和解勧試によるところが大きく、当事者が自分から和解を望むケースはそれほど多くないということを明らかにする、興味深い報告でした。日本人は訴訟よりも話し合いによる解決を望むという川島テーゼは必ずしも正しくないことが理解されました。第2報告は、Tu Nguyen氏(Griffith University)による“Coping with precariousness: How social insurance law shapes workers' survival strategies in Vietnam?”でした。ベトナムでは最近社会保険制度の大改革が行われており、それによって労働者の「生き残り戦略」が変わってきているとの報告。法と道徳は相互に影響し合うものであり、ある種の法改正は従来の道徳に大きな影響を与えるとのこと。社会保険制度改革によって20年の勤続年数で年金を受け取れるようになったベトナムの労働者は早期退職を望むようになり、労働に関する道徳意識が変わってきているという分析には、いろいろ考えさせられました。第3報告は、Hai Jin Park氏(Stanford Law School)による“Why Is Securities Class Action Seldom Used in Korea?: Understanding the Reluctance of Plaintiff’s Lawyers”でした。最近韓国で証券取引に関するクラスアクションが導入されたのですが、この利用が進まないのはなぜなのかを解明するために行われた調査の結果を分析する内容。結局のところ、この訴訟類型は、これを原告側で受任する弁護士に費用とリスクを押し付けるもので、成功報酬による実入りも少ないことから、弁護士がこの訴訟類型の利用を敬遠しているというのがその理由とのこと。制度設計をする際にはその利用者だけでなく、担い手の利便性をも考慮する必要があるということなのでしょう。第4報告は、Ummey Tahura判事(Bangladesh, Macquarie University)による“Will ADR be Able to Impact on Access to Justice and Litigation Costs?”でした。司法アクセスの拡充の重要な柱として世界各国で導入が進められている裁判外紛争解決(ADR)は本当に司法=正義へのアクセスを向上させるのかについての分析です。確かに、ADRの手続費用は訴訟費用に比べて大幅に安価であり、当事者にとってその利用のメリットは大きいものの、その利用の強制は司法=正義へのアクセスを求める当事者の利益を害するのであり、ADRの利用促進が司法=正義へのアクセスを向上させるとは言えないとの主張。やや論理の飛躍があったものの、訴訟制度には独自の意義があるということは確かであり、一つの問題提起として理解しました。

5
15分からはLynette Chua准教授(National University of Singapore)による閉会講演。内容は、アジアにおける権威主義(Authoritarianism)とその研究の必要性について。やや冗長な講演でしたが、ALSAの今後の検討課題の提示として受け取りました。それから、Best BookBest Graduate Student Articleの授賞式。中国の若手研究者たちの優れた研究に敬意。最後に、私のALSA 2019大阪大会のプロモーション講演。キャンパス紹介のスライドに「マチカネコ」(待兼山にある豊中キャンパスの猫)の写真を入れておいたので、つかみは良かったはずです。

今回のALSA大会も、アジア各国の様々な研究課題に触れることができ、研究上の視野が広がりました。来年は私がALSA年次大会の開催責任者です。1年間、準備のために頑張らなければなりません。

写真は筑波大学の辻雄一郎先生からの提供。

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2018.12.01

ALSA 2018 Gold Coast大会概要(その1)

20181129日から121日まで、オーストラリアのクイーンズランド州ゴールドコースト市にあるボンド大学にてAsian Law and Society Associationの年次大会(ALSA 2018)が開催されており、これに参加するためにゴールドコースト市に来ています。ボンド大学は、3年前まで大阪大学法学部の短期訪問プログラムを実施していた場所なので、懐かしさ満載です。大会の議論も質が高く、盛会です(参加人数はのべ200人弱でしょうか)。以下では、備忘録を兼ねて、大会の概要を紹介いたします。

私が参加しているのは、1129日の若手企画を除く、本大会2日間です。30日午前中には、開会式、Opening Keynote、そしてDay 2 Session Bが行われました。

開会式では、大会組織責任者のLeon Wolff准教授(QUT)が開催校ボンド大学の紹介をし、それに続いてALSA会長のHiroshi Fukurai教授(UC St. Cruse)が今大会に至るまでの学会の経緯を紹介。形式的な挨拶は早々に終え、すぐにOpening Keynoteに移行しました。Opening Keynoteでは、Korean Legislation Research InstituteKLRI)のIk-Hyeon Rhee所長が“Development and Challenge of Rule of Law in Korea”と題する講演、Melbourne Law SchoolPip Nicholson教授(ベトナム法の専門家)がベトナムの民主集中制のもとでの「法の支配」に関する講演を行いました。韓国の「法の支配」が1990年代以降急速に進展していること、ベトナムの「法の支配」はまだまだ越えられない壁にぶつかっていること、いずれもアジアの「法の支配」の現状の紹介と受け取りました。

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時から行われたDay 2 Session Bでは PGov-Misconductのセッションに参加しました。ここは私の報告したセッションなので少し詳しく紹介します。報告者は4人。第1報告は、Sheikh Solaiman准教授(University of Wollongong, Australia)による“Preventing Corporate Manslaughter in Bangladesh: All Barks, Little Bite?”でした。バングラディシュでは企業の重大事故で亡くなる人が交通事故並みに多いとのこと。企業での死亡事故を防ぐために企業への罰則を強化することを提唱していましたが、重罰化で死亡事故が防げるのか、単純に過ぎるという印象をもちました。第2報告は、Naoko Akimoto助理教授(台湾・国立交通大学)による“Comparative Study on Legal Systems Handling Scientific Research Misconduct”でした。アメリカと日本の研究不正に対する規制について報告するもので、過度に法化されたアメリカの研究不正対策と研究者と研究機関の自律性を強調する日本の対策という対比で、手続保障がある分アメリカの研究不正対策に学ぶものがあるとする結論でした。研究者のReputation Riskに依存する日本の研究不正対策には確かに手続保障上問題があると思います。第3報告は、Kay-Wah Chan上級講師(Macquarie University)による“Why Were Bengoshi Disciplined? An Analysis of the Objectives of the Lawyer Disciplinary System in Japan”でした。日本の弁護士会による懲戒事例を分析して懲戒の機能、とりわけ日本の弁護士懲戒独自の機能を析出しようとする試みです。アメリカの弁護士懲戒研究で明らかにされた9つの機能以外に日本の弁護士懲戒には独自の機能はあると思いますが、比較対象を拡げて考えた場合にそれが日本独自と言えるかどうかはやや疑問だと思いました。第4報告は私の“Third-Party Committee for Corporate Misconduct: Sociological Analysis”でした。日本独自に発展してきた組織不正対応手段としての「第三者委員会」に期待される役割、社会学的にみたその機能、「第三者委員会報告書格付け委員会」の存在意義と限界について報告しました。実態調査を行ってそのデータを反映させるつもりだったのですが、まだ科研費申請をやっと行った段階で、これが実現するのはまだ先になります。いずれも興味深い報告で、質疑応答でも活発なやり取りが行われました。

午後2時からのDay 2 Session CではCrim-Criminal Justice Institutions and Civil Society in Japanのセッションに参加しました。日本の刑事司法実務とオーストラリアの刑事司法実務を比較するという企画。第1報告は、Peter Rush准教授(Melbourne Law school)による“Monitoring Confessions: Recent Transformations in the Laws Regarding the Audio-visual Recording of Interrogations in Japan and Australia”でした。日本とオーストラリアにおける取り調べの録音録画と取り調べ手法の変容を明らかにしたうえで、それがもたらす司法と社会の関係の変化について検討する報告。第2報告は、平山真理教授(白鴎大学)による“The Reformed Prosecution Review Commission in Japan: Will ‘Lay Participation’ Change the Practices and Impact of Prosecution?”でした。裁判員制度の陰に隠れて見えにくくなった、国民の司法参加制度としての「検察審査会」の役割とそれがもたらしうる刑事司法の変容についての検討する報告。検察審査会による「とりあえず起訴」が増えることによって起訴事件の99%が有罪になるという日本の刑事司法の状況が変わりうるという主張と理解しましたが、そのための社会的コストを考えると疑問なしとは言えない主張だと思いました。第3報告は、Carol Lawson研究員(ANU)による“Civil Prison Oversight in Japan and the Australian Capital Territory: Empirical Insights & Comparative Contests”でした。日本とオーストラリア首都特別地域における民営化された刑務所の監督を比較する内容。オーストラリア首都特別地域のものと比べて日本の民営刑務所の方が監督側にも受刑者にも評価が高いという調査結果は意外でした(この調査結果は事前に聞いていましたが)。いずれも勉強になる報告でした。

午後345分からのDay 2 Session Dでは PGov-Emerging Issues in Cultural Heritage Law in Asiaのセッションに参加しました。第1報告は辻雄一郎准教授(筑波大学)による“Impact of cultural heritage on Japanese towns and villages”でした。行政事件訴訟法改正による原告適格の拡張と文化財保護法改正によって日本の市町村にどのような影響がもたらされたか紹介する報告でした。文化財保護の重要性と地方財政の問題はどうしてもトレードオフにならざるを得ないのは悩ましいことです。第2報告はJonathan Liljeblad上級講師(Swinburne University of Technology)による“Navigating World Heritage in a Transition Context: The Consequences of Ethno-nationalism for World Heritage Nominations in Myanmar”でした。ミャンマーは多民族国家で世界遺産申請にも民族的利害が絡み、人権問題も容易に克服できない実態が紹介されました。第3報告は牛嶋仁教授(中央大学)による“Conserving the Old Capitals: Cultural Heritage, Regulatory Takings, and Just Compensation”でした。古都京都における文化財保護を例に、文化財指定による収用ないし財産的損害の補償について考察する内容。財産的価値と文化的価値とをどのように比較評価するかは難しい課題です。

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時からのDay 2 Session Eでは、Ec-Corporate Governanceのセッションに参加しました。報告は2つで。第1報告は、Vivien Chen氏(Monash Business School, 報告担当者) May Cheong上級講師(Australian Catholic University, 共同研究者[欠席])による“Gender Diversity on Malaysian Corporate Boards: A Law and Social Movements Perspective”でした。マレーシアでは、世俗法としてのコモンローと宗教法のイスラム法とが並立しており、コモンローはイスラム法上の法律関係には介入できません。会社の役員に女性が増えたとはいえ、その地位にはなお問題があり、その背景にイスラム法に基づくジェンダー観があるというとの指摘。難しい問題です。第2報告は、Candice Lemaitre氏(特任助教, Monash University)による“Transfer of Business Anti-Corruption Norms in Vietnam”でした。ベトナムのグローバル企業と中小企業、公務員の腐敗に関する規範意識の聞き取り調査結果の紹介。グローバル企業の経営陣の腐敗に対する規範意識は先進諸国と変わらないものの、中小企業や公務員の不正に対する意識はなお甘く、その背景には低賃金といった構造的問題があるという内容。ベトナムの中小企業や公務員から腐敗をなくすのは容易ではなさそうです。

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時からはConference Dinnerでした。Dinnerを楽しみながら、Daniel Foote教授(東京大学)によるTwilight Keynote
 Revisiting 'The Benevolent Paternalism of Japanese Criminal Justice'”を聞きました。自らの日本法研究のこれまでの歩みを振り返り、日本の刑事司法のBenevolent Paternalismの功罪について検討。個人的には、お酒が入っていたこともあり、研究上の内容よりも昔話に興味が向いてしまったのは失敗でした。Foote教授の、平野龍一教授や団藤重光博士・元最高裁判事、井上正仁教授についての思い出話は興味深く伺いました。

ALSA2018
大会第一日目は大変勉強になりました。第二日目も頑張ります。


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2018.10.10

2018年10月6日(土)2017年-2020年期 日本法社会学会関西研究支部第5回研究会(例会)概要

2018106日(土)13時から17時過ぎまで、大阪大学豊中キャンパス法学研究科/高等司法研究科大会議室(法経研究棟4F)にて、2017-2020年期 第5回研究会を下記の要領で開催しました。今回は1名の実務家と1名の日本法史研究者による研究報告。いずれも示唆に富む報告で、フロアとの議論も充実していました。

第1報告は、吉間 慎一郎氏 (所属先非公開) による「立ち直り過程における他者との相互変容の可能性と意義」でした。吉間さんは、慶応義塾大学法科大学院のご出身で、学部生の時から受刑者の社会復帰支援に関心をもちはじめ、著書として『更生支援における「協働モデル」の実現に向けた試論-再犯防止をやめれば再犯は減る-』(LABO2017年)を出しておられます。報告はこの著作の基本的な考え方をわかりやすく紹介するものでした。福祉的な視点を司法の中でどのように実現していくか、いろいろ課題はあるようですが、吉間さんはライフワークとしてこれに取り組んでいくつもりのようです。

2報告は、三阪 佳弘 (大阪大学大学院 高等司法研究科) による「近代日本の民事紛争解決における弁護士と非弁護士-地域の実態から-」でした。三阪さんは、近代日本法史研究を長年行ってこられ、ご報告では科研費で実施した研究成果の一部をご紹介いただきました。主に関西、特に明治期から昭和初期までの京都と滋賀における「代人」の活動を当時の判決原本から調べていくことで、庶民の司法へのアクセスがどのように実現されてきたのかを探っていく、大変堅実な調査研究の成果だと拝察しました。資料の制約があるなか、庶民と弁護士、そして司法をつなぐ仲介者としてどのような人々が活動していたか、いつごろまでそれは残っていたのか、この傾向は日本人が裁判を敬遠する傾向と関係があったのかどうか、いろいろ想像は膨らむのですが、歴史研究としては一線を越えることはできないとのこと。法社会学者はこの問題提起にどう答えていくべきなのでしょうか。

今回の研究会も本当に勉強になりました。次回は129日(日)に法制史学会近畿部会との共催で「法と国制の比較史」シンポジウム(神戸大学梅田インテリジェントラボラトリ・梅田ゲートタワー)を開催します。こちらも楽しみです。

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2018.07.28

第20回比較法国際アカデミー国際会議概要その2

727日(金)朝一の時間はOptional Choice of Courts Agreementsのセッションに参加しました。裁判管轄の選択的合意についてのセッションです。京都大学の西谷祐子先生がオーガナイズしているセッションで、オーストラリア、カナダ(ケベック)、中国、フランス、ドイツ、イタリア、シンガポール、南アフリカ、台湾、米国、日本(日本の報告者は体調不良により欠席で書面報告)のNational Reporterが報告を行い、フロアとのQ&Aを行いました。詳細は省略しますが、大半の国で裁判管轄の選択的合意は認められているけれども、認められる範囲の広狭にはかなり差があること、中国は今のところこれを例外的にしか認めていないこと、裁判所による公序等を理由とする介入の程度も様々であること、フランスは片面拘束的な選択的合意を認めていること、排他的合意については非効率とみる立場が有力であることなど、いろいろなことを知ることができました。

午前の次の時間には、Plenary SessionThe Right to Be Forgottenに参加しました。ネット上の情報の「忘れられる権利」についてのセッションです。Google Spainに対するCJEUの判決(Google Spain v AEPD and Mario Costeja González 2014)が出て以来、EU諸国では「忘れられる権利」について様々な議論が行われています。このセッションでは、カナダ、デンマーク、イタリア、日本、台湾、トルコのNational Reporterが「忘れられる権利」についてそれぞれの国の議論を簡単に紹介し、「忘れられる権利」と「表現の自由」や「知る権利」とのバランスをどのようにとるか、提訴権者の範囲をどうするか、どの情報を削除ないしリストから外すかを誰が決めるのか、公的機関の役割、社会的回復をどのように図るのかといったことを議論しました。日本では、2017131日に最高裁がGoogleの検索結果の削除を求めた仮処分申立に対して具体的な判断基準を示しています(削除請求自体は認められなかった)が、この基準が集中的に議論されていたのが印象に残りました。

お昼の時間には、Sponcered Lunchonが行われました。ランチョンのテーマはRecognition and Enforcement of Foreign Judgments in ASEAN, Australia, China, India, Japan and South Koreaです。外国判決の承認・執行について、シンガポール、日本(体調不良により欠席)、中国、韓国、オーストラリア、インドのNational Reporterが各国の状況について紹介し、フロアも交えて議論しました。外国判決の承認・執行についての各国の立場はまちまちです。コモンロー諸国では、外国判決の承認・執行が広く認められ、その要件も確立されているのに対して、大陸法諸国では外国判決承認・執行の可否、要件の広狭についてかなり多様性があることが紹介され、その融和を図り、要件の統一化を進めるプロジェクトが紹介されました。これが実現すれば、国際取引上の判決の執行はかなり容易になります。外国判決承認・執行の統一化の基本原則に関する議論はかなり進んでいるとのこと。実現すれば国際取引上のリスクが大幅に少なくなります。プロジェクトの成功に期待いたします。

午後の時間には、Plenary SessionClimate Change and the Liability of Individualsに参加しました。気候変動に対する個人による環境訴訟のセッションです。最初の報告者が、気候変動に対抗する試みについて概括的な報告を行い、気候変動に対しては国家や国際機関に対して取り組みを求めていくことから、個人が訴訟を通じて環境破壊企業や政府を訴える方向へと運動のやり方がシフトしていることを紹介。これに続いてカナダ、アメリカ、EU、その他(ex. パキスタン)の環境訴訟が紹介されました。国家や国際機関は様々な利害を抱えており、気候変動への対応は遅れがちになります。結果的には、行政訴訟や不法行為訴訟の形で政府や環境破壊企業(石油会社等)を訴えるほうが効果的とのこと。政策形成訴訟のグローバル版という印象。環境訴訟が気候変動との闘いのリーサルウェポンというのもどうかという気がしますが、政府や国際機関の動きが鈍い以上、ほかに方法がないということなのだろうと思っています。

このあと、国際比較法アカデミーの総会(私はメンバーではないので参加していません)があり、夕方にクロージング・バンケット。最後まで楽しめる大会でした。

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年後の大会はパラグアイで行われるとのこと。遠方なので参加は難しそうですが、興味はあります。どのような企画が立ち上げられるか、注目したいと思います。


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2018.07.27

第20回比較法国際アカデミー国際会議概要その1

2018722日(日)から28日(土)まで、福岡市(アクロス福岡・九州大学椎木講堂・福岡国際会議場・福岡大学メディカルホール)にて、第20比較法国際アカデミー国際会議(The 20th Congress of the International Academy of Comparative Law)が行われています。4年に1回、世界のどこかで開催される比較法のオリンピックともいうべき大会です。世界各国から比較法研究者や関連法分野の研究者、法実務家が1000人近く参加しています。私自身、ご縁があって、組織委員会のメンバーの一人として本大会に参加しています。とはいえ、22日(日)の開会セレモニー、23日(月)のセッションは授業の関係で参加できず、23日夕方に行われた第1回組織委員会からの参加です。しかも、25日(水)に期末試験を実施する必要があり、一回大阪に戻りました。腰を落ち着けて大会に参加するというのは難しいことです。本大会もいろいろ学ぶことが多いので、以下備忘録を残しておきたいと思います。

私が本大会のセッションに参加したのは24日(火)の午前のセッションからです。この時間はReconciling Legal Pluralism and Constitutionalism: New Trajectories for Legal Theory in the Global Ageのセッションに参加しました。法多元主義と立憲主義との融和は可能か?という議論をするセッションです。

法多元主義と立憲主義には相いれない側面があります。立憲主義は近代ヨーロッパ固有の歴史的背景と法思想に立脚する原理です。これに対して、法多元主義は、多様な文化、法思想を大前提とし、立憲主義に特権的な固有価値を承認しない(承認したとしても相対的な優位でしかない)。法体系間のコンフリクトの問題もあります。これらの問題について、メインスピーカーを含めて5人が口頭報告をし、フロアとの議論が行われました。欧州の報告者は移民の法文化と自国の法文化のコンフリクトの話をし、シンガポールの報告者は自国のイスラム裁判所の話をし、中国の報告者はアジア固有の法文化と立憲主義との関係について報告をしました。フロアの参加者はオーストラリアやニュージーランドの原住民の法文化をどのように位置づけるのか、儒教的法文化と立憲主義は本質的に相いれないのではないか、法多元主義も潜在的には立憲的価値を共有しているのではないか、といった議論が提起され、大変に盛り上がりました。この日は、このセッションの参加だけで大阪に帰りました。

本務校で期末試験を実施して大会に戻ったのは26日(木)の午前のセッションからです。同日午前にはComparative Law and Multicultural Legal Classes: Challenge or Opportunity?のセッションに参加しました。現在、世界のどこの大学でも多くの留学生、移民二世や三世が学んでおり、これらの学生に比較法はどのように役に立つのか、逆に、多様な文化的背景をもつ学生は、比較法の授業にどのように貢献できるか、といったことが議論されました。

報告者はイタリア、トルコ、中南米、カナダの大学で比較法を教えている教員たち。それぞれの大学でどのような授業を行っているか、異文化の学生を受け入れることの難しさ、比較法理解にとっての意義、学生の進路への貢献といったことについて、それぞれの経験と意見が出されました。フロアの参加者も、一家言ある者ばかりで、たくさんの質問とコメントがあり、議論が尽きない状況でした。

次の時間はCongress in Congress 1に参加しました。これは企画委員会の独自企画ということで、公募により報告者が選ばれたセッションの一つです。Congress in Congress 1~4まで一連の独自企画が行われました。私はその1~3まで連続で参加しました。

Congress in Congress 1
Sharing Economy(共有経済)についてのセッションでした。報告は、日本の旅館業法改正と民泊規制に関する報告、カーシェアリングに関する報告、法実務における共同作業の意義に関する報告、都市の共有化についての報告が行われました。どの報告でも、規制など法的問題の指摘に加え、共有経済とそのために前提となるAIIoTといった技術的インフラの重要性が指摘され、技術によって新しい社会の可能性が開かれ、そのために新たな法律問題が発生しているということが実感されました。

Congress in Congress 2
Autonomous Driving(自動運転)についてのセッションでした。技術が社会をどのように変えるのかに関わるセッションの第二弾です。報告では、自動運転に関わる法律問題にはどのようなものがあるか、実際、技術的にはどこまで自動運転の安全性は確保できるのか、情報ネットワークに関わるDeNAがなにゆえに自動運転に関わり、どのように社会を変えようとしているのか、といったことが紹介され、この問題に法律家はどのように関わっていくことができるのか、といったことが議論されました。自動運転が安全に制御は様々なシステムの相互作用によって実現されるのであり、そのためには、AIや情報ネットワークの活用が不可欠です。社会のそれぞれのアクターと技術とがAIIoTを通じて整合的に組織化されることで自動運転社会ははじめて可能になる。そしてそのための制度作りをするのが法律家だというのです。もっとも、その場合に法的責任ばかり議論していては不十分で、より広い意味でのマネジメントに法律家が貢献するのでなければならないという指摘には唸らせられました。

Congress in Congress 3
は、New Technology, the Innovation Economy and the Lawでした。新しい技術が可能にする経済のイノベーションと法について議論するセッションです。報告では、ブロックチェーンを用いた医療情報のやり取りにはどのような問題があるか、オープンソースと企業秘密との調整は可能なのか、ブロックチェーンを用いた経済取引の規制をどのようにして実現するか、ブロックチェーンを用いた経済取引に対する法的規制はそもそも可能なのかといった議論が行われました。倫理は規制にとってどのような役割を果たすのか、個人情報保護と情報の共有化の調整はどのようにして実現できるのか、という問いは今の社会が直面している最も大きな変化に関わる議論だと思います。技術が社会を変え、それに応じて規制の在り方は変わらざるを得ませんが、技術が規制を容易にするという側面もあり、それらの相互作用として規制の在り方を考えていくことの重要性を痛感しました。

Congress in Congress 4
には諸般の事情で出席しませんでした(LegalTechAIが法実務にもたらすインパクトについてはたいへん興味があったのですが)。いずれにしても、現代社会が直面している最新の法律問題を比較法的に検討することには大きな意義があり、これから考えていくべき多くの課題を突き付けられたと感じています。残りのセッションがさらに楽しみです。

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«2018年7月14日(土)第14回仲裁ADR法学会大会概要